セルバンテス/ドン・キホーテ 前編 下

読んだ本の感想。

『セルバンテス』(野谷文昭編:2016年12月25日 第1刷)と、『ドン・キホーテ 前編 下』(荻内勝之訳:2005年10月20日発行)。





『セルバンテス』に収録されている「ドン・キホーテ」は前編のみで、後半はダイジェストだったので、『ドン・キホーテ 前編 下』で補った。

最期にドン・キホーテ達の墓に捧げられた詩は、『ドン・キホーテ 前編 下』の方が面白いと思う。

「ドン・キホーテ」のテーマは、「学習による人間の欲望」だと思う。

主人公は騎士道物語を読み過ぎて狂ってしまった人間で、自らが騎士であるかのように行動する。周囲の人間が主人公と戦ったり、揶揄ったり、怖がる内に周囲の人間達も彼の世界観に巻き込まれていく。

作品内で展開される恋愛も、第三者が存在しなければ成立しない関係ばかりで、他の人間が自らの恋人を愛する事で、自分の愛情を確認している。

第49章、第50章で、ドン・キホーテと参事会員が、騎士道物語について議論する。客観的事実と主観的事実の対立。

【無分別な物好き】
第32章~第35章で朗読される短編小説。

新婚の騎士アンセルモが、友人のロタリオに自分の妻であるカミーラを誘惑するように依頼し、自分の妻の貞節を証明しようとする。誘惑は成功してしまい、一旦はカミーラの演技で疑いが晴れるが、結局は浮気が露見し、アンセルモは憤死、ロタリオは戦死、カミーラは修道女になる。

〇ギリェルモの娘マルセラ
羊飼いのアンボロシオとグリソストモなどにアプローチされるが羊飼いを続ける。

P160~P161:
恋心への返礼として、わたしも皆さんを恋するようにと、恋してほしいと、そして恋さなくてはいけないと言われます(中略)恋されたからといって、恋してくれる相手を恋さなくてはならないというのが腑に落ちません。それに美しいものを恋する男が醜いことだってあるでしょう。醜いものは忌み嫌われるのにふさわしいのですから、『美しいお前がすきだ、俺は醜いけど、愛してほしい』なんて言うのはすごく変です

〇カルデニアの話
婚約者ルシンダを友人であるドン・フェルナンドに奪われる。物語の途中で、ドン・フェルナンドの恋人ドロテアに出会い、それぞれが元鞘に戻る。

【ドン・キホーテの本棚】
第六章で、ドン・キホーテの姪に頼まれた司祭達が、ドン・キホーテの蔵書を燃やそうとする。司祭による検分。

①アマディス・デ・ガウラ全四巻:
スペインで印刷された最初の騎士道本

②エスプランディアンの偉業:
アマディス・デ・ガウラの息子の物語。他に、アマディス・デ・グレシアという本もあるらしい

③ドン・オリバンテ・デ・ラウラ:出鱈目かつ傲慢と評される
④フロリスマルテ・デ・イルカニア:硬くうるおいの無い文章
⑤騎士プラティール:作者不詳の古い本
⑥十字架の騎士:無知な内容
⑦騎士道の鑑:
レイナルドス・デ・モンタルバンが大泥棒の仲間と登場する。マテオ・ボヤルドの創作にヒントを与えたとしている

⑧パルメリン・デ・イングラテーラ:
類まれな本と評される。ポルトガルの賢王が手掛けたという噂。ミラグアルダ城での棒絵kンが見事とする

⑨ドン・ベリニアス:
胆汁が多過ぎて怒りっぽいという評価。床屋に保存されるが、誰にも読まれないようにとされる

⑩その名も高き騎士ティラン・ロ・ブロン:
勇敢な騎士ドン・キリエレイドン・デ・モンタルバンの話。文体によっても世界一優れた本という評価。騎士達の食事や遺言という類書には見られない行為

⑪ラ・ディアナ:
詩集。賢女フェリシアと魔法の水の個所、長詩句の個所を削る必要があるとする

⑫愛の運命全十巻:異彩を放つ出来が良い本
⑬フィリダの羊飼い:思慮深い宮廷人
⑭珠玉の詩選集:詩の数が多過ぎる。作者は司祭の友人

⑮ロペス・マルドナード歌集:
作者は示唆の友人。良書とする

⑯ラ・ガラテア:
ミゲル・デ・セルバンテスの書。独創性があるが尻切れトンボで、第二部に期待とする

他に、ラ・アラウカーナ、ラ・アウストゥリアーダ、エル・モンセラーテ、アンジェリカの涙等の英雄詩があり、スペインが生んだ最高傑作と評価する。

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日本人と中国人

読んだ本の感想。

イザヤ・ベンダソン著。平成17年2月10日 初版第1刷発行。



難しい本だった。

明治維新が中国化革命であり、思想としての「中国」を絶対化するがために、理想通りでない現実の中国を憎むようになるという主張?それと第二次世界大戦中の日本感情的行動との結びつきが良く分からない。

<日中戦争における謎>
1937年のトラウトマン駐支独大使による和平斡旋により、蒋介石が①満州国承認②日支防共協定締結③排日行為の停止等の日本側の主張を受諾したにも関わらず、日本軍による南京城総攻撃が開始された事。

日本軍の決定には、決断した者が存在せず、市民感情によって攻撃が行われたとする。

〇江戸時代の中国思想流行
江戸時代に日本に亡命した朱瞬水によって、中国思想が伝播した。楠木正成の神格化は、江戸時代に発生したとする。楠木正成の墓碑である湊川の碑は1692年の建碑とされるが、裏面の文章は朱瞬水の作とされる。

1687年に出版された『靖献遺言』は、中国思想の殉教者の記録である。それまで日本には殉教者を尊ぶ気風は存在せず、中華的殉教者として楠木正成が再構築された可能性。

輸入された中国史王に基づいて過去を再評価すると、僅かな例外を除いて全員が不忠者になってしまい、過去が基本的に否定されてしまう。明治維新後の日本でも、摂関政治や武家政治は誤りであるという思想と、世界に冠たる日本史という思想が併存していた。

日本は歴史的に中国の周縁であり続け、中国文化否定は自己否定であり、中国に対抗するには中国の文化形態を移入して、それによって対抗する形を取る。現実の中国と、理念の「中国」を分離し、歴史的所産を伝統として客体化して対処する。

この場合、異民族が中国を政治的に支配しても、文化的支配権を入手したとは言えない。この思想を日本に当て嵌めると、天皇家が「中国」で幕府が「夷」という図式になり、尊王攘夷運動に繋がっていく。

<豊臣秀吉の話>
豊臣秀吉は、天下人となった後も、諸侯は建前としては先輩や同盟者であり、純然たる部下として遇する事が不可能だった。そのため、天皇への忠誠という形で自己の統治権を確立した。

諸侯に対して、天皇への起請文を出させ、天皇から任じられた関白に従うという形式で諸侯の誇りを傷つけずに自らに服従させる。室町時代の復古思想 = 古代は平和であったという古代礼賛感情を天皇に集約させた。

************

豊臣秀頼の朝鮮征伐は、織田信長の踏襲と思われる。1580年に織田信長は朝鮮仲介で明国に、日中貿易再開を申し入れている。①対明貿易再開②朝鮮貿易船数増加③船の大きさを制限しない④薺浦の開港等で、織田信長の意図は朝鮮との貿易活発化にあったと思われる。

豊臣秀吉の残した『箱屋文書』では、朝鮮と九州・四国を同列に置いている。四国に進攻して長曾我部を討って元親を降伏させた後に、土佐一国を与えて、朝鮮征伐の先鋒にする。降伏させた敵を次戦の先鋒にする方式で東アジアを処理出来ると考えていた。

さらに天皇家を北京に移す思想からは、中国を本家と見做す思想が伺える。だから明国から豊臣秀吉を見ると、日本が中華の属国である事を自認している人間に見える。

だから和平交渉時に「爾を日本国王に封じる」とする。しかし、豊臣秀吉は天皇家の権威によって自らを正統化していたため、中国の権威も同時に持ち目る事が出来なかった。武家というよりは天皇の権威に依存する公家の立場。

<崇拝と蔑視の逆転>
1829年に出版された『日本外史』(頼山陽)は、ベストセラーだった。皇国史観の民衆的要約であり、軍人勅諭にも影響したとする。

江戸時代の思想の系譜として、本居宣長が日本史の観点から中国思想の権威を否定していくと、その論理を活用して平田篤胤が中国思想を罵倒していく。

平田篤胤は、中国という絶対の権威と、その象徴である儒者の偶像を民衆の側から破壊した偶像破壊者だった。しかし、平田篤胤自身に独創的思想が無いために、その壊された後の社会に『日本外史』が広まっていく。

外国を権威として尺度とし、その尺度で自己の歴史を計ると自己のほとんどは賊となる。しかし、理念化、体系化、図式化した尺度で本家の外国を見ると、外国も基準から外れているために、今度は自己こそが本家となってしまう。

平田篤胤は、中国の基準にかなう例外的日本人を「全日本人」とし、それを基準にして中国を計るから、孔子という例外以外は全中国人が賊になってしまう。

日本の天皇制においても、「内なる天皇」と現実の天皇を同一視した場合、天皇に任命された政府が奸となってしまう。その理由は、明治維新以来の欧化政策である。天皇を西欧の法的基準で定義する天皇機関説は、尊皇思想と対立するが、その場合、尊皇思想が天皇自身を規定する絶対者となる。

何者も自らの思想の合理性を完全には論証出来ない。権威を借用して追随するのみ。外部の絶対者のイメージを自己と一体化し、一体化したと思い込めない限り精神的に安定しない。

このように「内なる中国」を絶対化し、「外なる中国」を排除した事が、日中戦争継続の理由?この論理が良く分からない。「蒋介石を相手とせず」という日本政府の声明は、「蒋介石が日本の内なる中国に適合するイメージを更新する」なら受容するという事?

当時の日本人は、自らの「内なる中国」が尊皇思想の帰結によるイメージであり、「外なる中国」とは別だという事が理解出来ず、他国という意識が無いままに現実の中国を排除したとする。

中国が自らのイメージ通りに行動しないと取引が成立しない。

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多文明世界の構図

読んだ本の感想。

高谷好一著。1997年1月15日印刷。



以下は、「新世界秩序を求めて」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2648.html

上記にて模索していた世界単位(人々が共通の世界観を共有する地理的範囲)を考える。

その方法論として①鳥瞰(世界を生態系によって区分する)と②実施(住民の価値観を実際に聞く)という二つを往還しており、全てを自分で見聞きする事は不可能であるために類推に頼る事になる。

第一章、第二章の内容は、ほぼ前著と等しい。第三章からの著者が類推する世界単位が、本書の独自だと思う。

<ユーラシア>
ユーラシア大陸の生態型を以下の5つに分ける。

①砂漠
ユーラシア大陸を横断し、四大河川が例外的に文明を栄えさせた。オアシスを利用した貿易路。
②草原
砂漠帯の北を並行してトルコからモンゴルまで続く。遊牧に適しており、武力の場として特徴付けられる。
③野
中国中央部とインドが、ユーラシアの大きな野。落葉樹と常緑樹の混合林が広い農地となった農民の空間。
④森
ユーラシア北方と東南アジアに拡がる熱帯林。人間を拒否する空間。
⑤海
居住出来ないが移動には便利。

<インド亜大陸>
ヒンドゥー教が以下の五つを纏める世界。

①デカン高原
玄武岩台地で肥沃ではあるが、雨が少ないため雑穀畑となる。
②インダス乾燥谷
完全な砂漠でありインダス川を利用して小麦を作るが、多くは放牧を行う。
③ガンジス湿潤谷
雨やヒマラヤからの流出水を利用して稲作を行う。
④東部丘陵地
ベンガル湾からの風が齎す雨を利用した稲作。丘や山が多いため、丘陵の間に水田が連なる。
⑤西岸多雨林帯
インド洋のモンスーンを受け、胡椒や肉桂等の熱帯の森林産物を産する。
⑥北部山地
ヒマラヤに続く山地。牧畜が盛ん。

インドでは、インダス乾燥谷を中心とするドラヴィダ系民族(灌漑麦作・牛飼いをする定住者、インダス文明)と、ガンジス湿潤谷を中心とするムンダ系民族(稲作)を紀元前1800ン円頃にアーリアンが侵略し、バラモン教を持ち込んで支配した事で一体化した。

紀元前1000年頃にムンダ系民族を征服すると、マウリヤ朝として統合され、結節点であるパータリプトラを都とした。インドにおける統一王朝はパータリプトラを都とする傾向がある。

インドではインダス乾燥谷から次々と騎馬民族が侵入するため、政治的に不安定である。四世紀~六世紀のグプタ朝は農業中心的であり、バラモン教も農村を中心とするヒンドゥー教に変質していく。インドではジャーティー制度として職業が生れ流れに固定され、ヴァルナとして貴賤が定められる。

<イスラム世界>
以下は、イスラムの世界群。

◎シリア・イラク
チグリス・ユーフラテス両河流域。紀元前4000年頃のシュメール文明が生れた地。

◎エジプト
紀元前3000年頃から高度に利用された農耕地。アレキサンダー大王のアレキサンドリア(港町)建設により海の要素が加わる。10世紀のファーティマ朝時代にカイロが創られ、交易が第一となる。

ファーティマ朝は12世紀後半に崩壊するが、次のアイユーブ朝、マムルーク朝でもイスラムの商人王がカイロに都する構図は変わらない。一方でナイル農業自体も国の柱である。

◎ペルシア世界
平均高度1000mの高原でありアーリアン、シーア派が住む。王に依存するナイル農民に対し、集落運命共同体的なペルシアの農民とする。

◎トルコ世界
草原帯。シリア・イラクをイスラム文化の中核とすると、周辺的。

◎マグレブ世界
ベルベル人。地中海沿岸でオリーブと麦を同一の畑で作る。

◎イエーメン世界
アラビア半島南端の農業世界。

◎アフガン世界
ペルシアに近い。尚武的。

◎トルキスタン世界
サマルカンド、タシュケントを中心にした東西交易の要。

◎モンゴル世界
典型的な草原の世界。

◎チベット世界
高い標高の草原の世界。

上記の砂漠・草原帯にあって、移動の激しい遊牧民や商人が地域的均質性を齎し、定着した農民が細分を可能にする。農民も農地移動や巡礼等で旅をする事が多く、イスラム圏は均質な傾向があるらしい。

<海の世界>
◎インド洋世界
アラビア海とベンガル湾を含む。砂漠から熱帯雨林まで多様な生態を包括する。

◎地中海世界
四周が乾燥した石灰岩台地からなる菌室で小さい海。紀元前3000年頃に現れたフェニキア人が交易を行い、後にヴェネツィアが活躍する。

◎北海・バルト海世界
川と湖が多く、陸路が使い難い。以下の三つの時期。

①バイキング時代(八世紀~十二世紀)
海に展開したゲルマン的農民が交易兼略奪を行った。北海からノルウェーに展開しノルマン朝を建てて地中海のシチリアにまで進出したグループと、バルト海のゴトランド島を中心に、キエフを建設してドニエプル河、黒海を中継してイスラム商人と交易したグループがある。

②ハンザ同盟時代(十三世紀~)
ドイツ商人が、ロシアの穀物・木材やノルウェーの塩漬け魚肉や魚油を運んだ。

③オランダ時代(十六世紀~)
英国から原毛を輸入して織物に加工し、販売したオランダ商人の活躍。オランダは最初は国ではなく、幾人かの承認がアムステルダムを根拠地に海域を牛耳った。領土的関心は無く制海権だけを握って富裕になる方法はヴェネツィアと同等。

◎東アジア海域世界
朝貢貿易を主体とする。海と陸の勢力の衝突がしばしばあり、海民勢力の中心である浙江財閥の蒋介石が、陸民の盟主である毛沢東と衝突し、陸民が勝利したとする。

◎東南アジア海域世界
マレー語圏。基本的に生活の海で、19世紀末までは森林物産を採取、搬出していた。その後、植民地経済の進行によって開発が行われた。

<欧州>
温帯混交林でケルト・ゲルマン系民族が焼畑、牧畜、狩猟を行った(汎神論)。キリスト教が伝播すると、高級文化を受容する余裕がある上層部と、下層部の差が広がる。ラテン語を話す選良と地方語を話す一般民衆等。

各地域はラテン語を話す王を主体とする家産制国家であったが、領土統合の結果、諸問題を王だけでは処理出来なくなったため、官僚制を整備し、業務を分担するために地方語が導入される事になる。王も地方語を使用するようになり、経済・文化圏が分化していき、国民国家が育まれていく。

◎フランス
パリ周辺の大きな盆地。パリは、地中海に直結するローヌ川を持つ。七世紀の欧州は四、五戸を一塊とする集落が一般的だったが、パリ盆地には五十戸を擁する大集落があった。十六世紀にはブルボン朝が栄え、イタリアのルネサンス文化を導入。

太陽王ルイ十四世(1643年~1715年)は宮廷文化を完成させ、パリに集まった人文主義者達が啓蒙思想を発展させていく。

◎ゲルマン世界
森で覆われた丘陵地帯。パリ盆地のような平坦地が無いため、大勢力が無く、領邦国家のような小集団が散在した。世俗中心の@パリと、宗教的中心であるローマから発信される普遍的価値と距離を置きつつも考える風習?

パリ盆地では王が商人と結び付いて勢力を伸ばしたが、ゲルマン世界は神聖ローマ帝国があり、やがては宗教改革が発生する。

◎イギリス
後進地。パリに宮廷文化が栄えていた頃は、フランス北部フランドルに供給する羊毛を生産する地だった。ヘンリー八世(在位1509年~1547年)によって原毛に輸出税、毛織物の輸出税軽減が行われ、毛織物工業が盛んになる。

海外進出については、東南アジアがオランダに抑えられていたためにインドに着目し、インド綿を用いた綿布産業が産業革命に繋がっていく。

著者は、英国人の紳士風を、後発であるがために生活様式や教養が重視されたとしている。

********************

【世界単位の類型】
①生態適応型
ジャワ世界や大陸東南アジア山地等。与えられた生態の上に、それに対応した生業が生まれる。
②ネットワーク型
居住に適さない人口希薄地に、ネットワークが生まれる。
③大文明型
中華世界とインド世界。高密度の人口が広範囲に広がる。人口の基盤は農民であり、その周辺に牧民や商人がいる。

東洋の歴史は、自形的な中華皇帝と、他形的な海民商人との相克の歴史である。中華皇帝の記録する歴史は朝貢であり、複雑な礼法があるが、商人達は便宜的に従っているだけで自形的な王に他形的に対応している。

近代とは欧州が武力を背景に量産した織物を世界中で販売する事で始まった。本来のネットワーク型世界は他形的であったが、強力な武力のために欧州は自形的となる。

現代は強制販売システムを基盤にしている。

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ゲルマン紙幣一億円

読んだ本の感想。

渡辺房男著。2009年12月1日 第1刷発行。



1870年~
1872年の話。

明治維新到来に伴う旧貨から新貨切り替えに伴い、藩札を買い占める事で一儲けを企もうとする者達の話。

ゲルマン紙幣が出来上がるまでに一年~二年が予想され、今すぐに新貨幣に切り替える事は出来ないため、小判と交換する事を持ち掛ければ、安いレートで藩札と交換出来るとする。

<ゲルマン紙幣>
明治政府の発行する新しい紙幣。明治通宝。ドイツで印刷されるためにゲルマン紙幣と呼ばれる。複雑な版面を反転工程して凸版し、紋様が均一になる。最初に細かい紋様を刷って、その上に鳳凰等の大きな図柄を刷り重ねるために白地の空白が無い。

明治五年に発行され、明治九年には従来の紙幣と入れ替わるが、百円と五十円、十円と五円、二円と一円が、同じ紋様、寸法であったために額面の数字を書き換える偽造紙幣が出回る。

西洋紙を使用したために顔料が十分に浸透せず、脱色し易かったためで、和紙を使用した神功皇后札が新たに発行され、明治十八年には日本銀行券の発行が開始される。

【登場人物】
野島小太郎(24歳~26歳?):
広島藩会計局に勤務していた。藩命で偽札を作成していたが、新政府となって偽札作成露見を恐れた藩に放逐され、新貨幣切り替えを利用した一儲けを目論む。

吉兵衛:
贋金の目利きをしている。野島小太郎と組んで藩札の買い占めを行う。買い占め途中で贋金を使用し、逃亡中に死ぬ。

おりん(18歳~20歳?):
計算が得意。両親が戊辰戦争で死亡?し、吉兵衛に面倒を見て貰っている。

柿田徹:
広島時代の野島小太郎の同僚。新政府に勤めるが、雄藩の出身でないために冷遇され、野島小太郎に新貨幣切り替えに関わる情報を渡す。
それと別にゲルマン紙幣の偽物を確保するが、それが露見し狂う。官憲に逮捕される時に、野島小太郎の近くにおり、巻き添えで野島小太郎も獄死する。

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歓迎会だった

今日は歓迎会だった。

他人と話すと疲れてしまう。

「私、イケメンが好きなんです。結婚するなら格好いい人がいい」

何て答えれば良かったんだろう?

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