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馬・車輪・言語

読んだ本の感想。

デイヴィッド・W・アンソニー著。2018年5月30日 初版第一刷発行。





難しい本だった。最終章を読んで著者の主張の概略を把握し、紹介されている各文化の特徴をまとめたガイドブックが無ければ読み進める事が難しい。ので斜め読みした。ために、内容は理解出来ていない。

紀元前5200年頃~紀元前4600年頃?に、馬の家畜化に成功したカスピ海近郊の人々が、車輪付き乗り物等の発明によって世界中に拡散し、彼等の使用した印欧祖語が現代にまで影響しているという話。

騎乗は紀元前4200年頃~紀元前4000年頃にポントス・カスピ海ステップに暮らす人々が行うようになり、古欧州に移住し、牧畜や金属細工を特徴とする文明を広めた事になる。

車輪付き乗り物は紀元前3300年頃に導入され、大量の荷物を長期間に渡って移動させられるようになる。高速二輪戦車は紀元前2100年頃にウラル・ステップ南部にて出現し、やがて中東や中華にまで広まっていく。

印欧祖語の文化は軍事的体質を持ち、牧畜を行って保護者である神に供物を捧げる首長制社会だった。牧畜の採用と同時に装飾品を多く纏う首長の墓が多く出現している。それまでの狩猟採集生活では葬儀において権力を誇示する習慣は無かった。

初期の印欧祖語には誓約によって結ばれた契約に関する語彙が含まれ、弱者と強者の義務を明確にし、その語根はケルト、ゲルマン、ギリシャ等の諸語に残された。

最盛期の印欧祖語を話したヤムナヤ・ホライズン(紀元前3300年頃~紀元前2500年頃のドン川、ヴォルガ川下流域)の牧畜民は定期的に牧草地を移動したとする。移住行動を管理する政治上のインフラが必要になり、主人と客人が相互にもてなす義務を負う独特の社会文化が育まれる。

紀元前2100年頃の寒冷化によって彼等は軍事的要請を増し、同時期に馬の骨がイラン高原の重要地点から出土するようになり、ウル第三王朝のメソポタミアの都市でも纏まった数が出現するようになる(馬(山の驢馬)を表す文字が記録されるようになる)。

この時代における馬を操る戦士達の世界観は、『イーリアス』の詩や『リグ・ゲーダ』の中に記憶されているのかもしれない。

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