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十字軍物語2

読んだ本の感想。

塩野七生著。2011年3月25日 発行。



第二次十字軍からサラディンによるイェルサレム奪還までを書く。

〇第一次十字軍後
1118年からロレーヌ公ゴドフロアの従兄弟ボードワン二世がイェルサレム王になる。兵員不足が対イスラム教徒の課題であり、第二次十字軍時代にイェルサレム王が率いた兵力は、騎兵550、歩兵6000とされる。

以下のように兵員不足を補った。

①騎士団
聖堂騎士団:
イェルサレム王国からは独立し、巡礼者達を護衛した。フランス人の騎士が中心。異教徒抹殺を会則にする。活動資金のために高利貸をするようになる。

聖ヨハネ騎士団:
十字軍前からイェルサレムで医療行為を行った集団を本とし、医療を柱にした巡礼保護を会則とする。不動産投資を中心に活動資金を調達した。

②城塞
1131年に就任したフルクの時代から、少人数防御に使用するための城塞を築くようになる。大小合わせて200程度が建築された。難攻不落の城塞から随時に兵力を繰り出す事で周辺地域を制御する戦略。

③海軍力
ヴェネツィア等のイタリア海洋都市国家によって制海権を保持した。

〇第二次十字軍
1144年に十字軍側の都市だったエデッサが陥落し、イェルサレム女王メリゼンダの呼びかけに、クリュニー修道院ベルナールが応えて第二次十字軍が1148年に結成される。

フランス王ルイ七世、ドイツ皇帝コンラッド三世等による第二次十字軍が結成されるも、ダマスカスを四日間包囲しただけで撤退する。

イスラム側は第二次十字軍の混乱を利用して勢力を結集し、アレッポの領主ヌラ・アルディンがダマスクスも領有するようになる。しかし、1156年のシリア大地震からの再建工事に携わるヌラ・アルディンにイェルサレム王国を攻撃する余裕は無く、しばらく十字軍国家は存続する。

〇サラディン(アユーブ朝)
1168年にエジプトのファティマ朝が崩れ、バグダットのカリフからスルタンに任命されていたヌラ・アルディンは武将シルクとその甥サラディンをエジプトの派遣する。

シルクの死後、サラディンはカリフからエジプト宰相に任命され、アユーブ朝を組織して独自にに十字軍国家への攻撃を始める。1182年にシリアのアレッポを、1186年にイラクのモスールを支配下にし、イェルサレム奪還の足場とする。

ハッティンの戦闘:
1187年にサラディンは四万人の大軍でイェルサレムを攻撃。迎撃に出た十字軍国家をハッティンにて壊滅させる。アンティオキア、トリポリ、ティロス以外の十字軍都市はサラディンの支配下となる。

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