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失われた時を求めて

読んだ本の感想。

マルセル・プルースト著。

以下は、Wikipediaの『失われた時を求めて』の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/失われた時を求めて

19世紀末から20世紀初頭のフランス上流社会が舞台。

従来の階層社会が崩壊していく過程で、貴族層が没落し、ユダヤ人が社会進出する。フランス文学や美術、演劇の地盤に、ロシア文学や日本美術が浸透していく。

語り部は裕福な青年で、空想的なもの、到達出来ないものへの憧れを抱えて、貴族達のパーティーに出席する。人生の中で、人間の地位や人間関係、外観や人格まで変貌していき、語り部は人間を変貌させていく「時」を描く事を決意する。

〇無意志的記憶:
過去と現在に共通した感覚が瞬間的に過去を思い起させる事。特権的瞬間とも呼ばれ、稀にしか訪れない。

第一篇 スワン家の方へ
2006年3月22日 第1刷。





第1部 コンブレー
語り部が幼年時代に訪れたコンブレーの街を思い出す。

コンブレーには、散歩のために①スワン家の方(メゼグリーズ=ラ=ヴィヌーズの方、スワン氏の所有地の前を通る)と②ゲルマントの方(貴族であるゲルマント氏の所有地を通る)の二つの散歩コースがあり、語り部の未知への憧れを表現する。

第2部 スワンの恋
語り部一家の友人であるユダヤ人スワンと高級娼婦オデットの恋。

第3部 土地の名、名
語り部が、バルベック等のまだ見ぬ土地への想念を募らせる。

物語の核にあるのは対比であり、コンブレーのコミュニティと、ヴェルデュラン夫人のサロン(パーティー)が同一の構造を持っている事が示される。ユダヤ人であるスワンは、どの共同体でも外様であり、完全には同化出来ない。

ヴェルデュラン夫人のサロンのメンバーであるコタール医師の人物造形は、どことなくアスペルガーを思わせる。有能な医者であるが世間知らずという設定。

1巻 P39:
精神は、もしも習慣がなくなって、自分の持っている手段だけに頼るようになると、一つの部屋を私たちの住めるようなものにすることもできない

1巻 P65:
大伯母は、どんなに小さなことでも自分にない強みが他人にあると思うと、かならずそれは強味ではなく弱みなのだと自分に納得させ、その人たちを羨ましく思うのがいやさに、逆に彼らを憐れむのだった

1巻 P134:
みなはコンブレーにもまるで知らない人物がいるというショックを味わった

1巻 P278~P279:
私たちは絶対に他人の情念しか知らないからで、また自分の情念について知り得ることは、他人から教わったことにすぎない

2巻 P42:
コタール医師には、どんな口調で他人に答えるべきか、話し相手はふざけているのか真面目なのか、そういったことがどうしてもはっきりと分からなかった

第二篇 花咲く乙女たちのかげに
2006年5月24日 第1刷。





貴族達の専有物が、大衆へ受容されていく過程で発生する問題が語られていると思う。美しい芸術を創造する人間が必ずしも美しい振舞いをするとは限らない。それまで直接的に知る事の無かった人物像を知って幻滅する事がある。コタール医師がそうした構造を表しており、人格的に見下されていても、彼の技量を疑う人間は少ない。

第1部 スワン夫人をめぐって
語り部とスワンの娘ジルベルトとの恋。すれ違いが多くなり離れる。

第2部 土地の名、土地
現実のバルベックを見分し、想像よりも劣っていた事で幻滅するも、後に恋人になるアルベルチーヌや、ジルベルトと結婚する事になるロベール(サン=ルー)と出会う。

3巻 P22~P23:
診断を下すその速さ、深さ、確かさは、人びとの賞賛の的だった
(中略)
コタールのもじもじとした態度、過度の小心さと慇懃さは、若いころ始終彼を嘲笑の的にしていた

3巻 P137:
人を愛していないときの私たちは、相手を固定してしまう。逆に愛されているモデルは動きまわるのだ

4巻 P177:
自己中心主義は各人に、世界を見下す王者のような気分を与える

4巻 P446:
伸縮自在の性質は、一人の少女が示してくれるやさしい心づかいに、非常な多様性と魅力を与える
(中略)
ある年齢からは、もう顔にやわらかい波動をもたらすこともなくなってしまい、顔は生存闘争で硬化して、永久に闘争者の顔になる

第三篇 ゲルマントの方
2006年8月23日 1刷。





語り部は家族と一緒に貴族であるゲルマント家の館の一角に引っ越す。語り部はゲルマント家のサロン(パーディー)に憧れを抱き、ゲルマント公爵夫人を想像の対象とするが、現実に会ってみると幻滅する。

サロンでは、ドレーフュス事件(ユダヤ人将校が冤罪で流刑にされた事件)が話題になっており、派閥が形成されている。

祖母の死とアルベルチーヌとの同棲。同性愛者であり被虐愛好者であるシャルリュス男爵(パラメード、ゲルマント公爵の弟)との出会い。

5巻 P70:
貴族を崇拝する気持は、貴族への反抗精神と混じりあい溶けあいつつ、先祖代々フランスの農地から汲み上げられたもので、庶民に深く根づいているにちがいない

5巻 P130~P131:
フランソワーズにいとまを出したとしても、結局はさらに細かな個々の点に至るまで、私は同じような人間を使う羽目になっただろう
(中略)
私のために働きはじめると、フランソワーズとおなじようにみるみる変化するのでだった
(中略)
私が持って生まれた変りようのない自分の欠点を知ったのは、彼らが例外なしに身につけた欠点を通してである。彼らの性格は、私の性格の一種の陰画の観を呈していた

5巻 P227:
自分が兵法に夢中になれそうな気がしているんだけれど、そのためには、兵法がほかの技術とあまり違わなくて、規則の習得だけがすべてでないと思える事が必要だね

5巻 P233:
兵法の変化を何よりも促進するのは、戦争そのものなんだよ。ひとつの会戦が少し長引くと、そのあいだに、交戦する一方の側が、敵のおさめた成功や失敗の教訓を利用して、その方法を磨いたり逆に相手もそれを上まわる手段を手段を探ったりする

5巻 P382:
イスラエル人がハイエナのように背中をかがめ、首を斜めに傾け、大声で「サラム」を連発しながら登場する姿は、完全に東方趣味を満足させるのだ。ただそのためには、ユダヤ人が「社交界」に属していないことが必要である。さもないと、彼はあっという間にどこかの貴族のような格好になり、立居振舞いもすっかりフランス化してしまう

5巻 P514:
気どらない態度が人びとの心を奪うのは、気どることもできるということが知られている場合であり、つまりは金持ちの場合だからだ

6巻 P207:
社交界に足をふみ入れれば、二重の存在である彼らはもはやその財産の崩壊や、それをつぐなおうとして手を出すあさましい仕事などによって判断されることはなくなるのだった。彼らはふたたび何々大公さま、何々公爵さまにもどり、代々つづく家柄によってのみ評価される

6巻 P307:
平等な社会になると、礼儀は消滅してしまうように思われる
(中略)
威信に対して払うべき敬意が消えてしまう

6巻 P472:
遠くから知り、かつ夢見ていただけの人たちだが、彼らはひとり残らずその名前に、私の知っているすべての人と変わらない肉体と治世、またはそれ以下の肉体と知性をつけ加えて、平凡で俗悪な印象を私に与えてしまった

第四篇 ソドムとゴモラ
2006年10月23日 第1刷。





同性愛がテーマで、シャルリュス男爵とアルベルチーヌが同性愛者として対比される。

7巻 P43:
抽象的なものは物質化され、ついに正体の理解されたこの存在は、人に見えないように身を隠す力をたちまち喪失した

8巻 P27:
あの世などを待つまでもなく、この地上においても何年かたつと、かつての自分、永遠にそのままでいたいと思った自分を裏切っている

8巻 P106:
死んだ人はもともと存在していなかったかのように見なされてしまう

8巻 P187~P188:
模倣の本能と勇気の欠如とは、大衆を支配するのと同様に社交界をも支配するからだ。つまりだれかにばかにされている人を見るとみながこれをあざわらうのだが、十年もたって相手がどこかの社交クラブで尊敬を集めていると、みなが平然と同じ人物をもてはやす

8巻 P354:
自分の宿命は、ただ幻影だけを追うというところにあり、自分の追いかけている人たちの現実性は、大部分が私の想像力で作られたものにすぎない

8巻 P374:
部族を作っているんだよ。修道会と礼拝堂を作っているんだ。まさかきみは、あれが小セクトじゃないなんて言わないだろうね。仲間に属している者には蜂蜜たらたらだけど、属していない者はくそみそに言うのさ

8巻 P436:
バルザックはある種の情熱までちゃんと心得ていました
(中略)
不朽の名作『幻滅』については今さら言うまでもありませんが、『サラジーヌ』、『金色の目の娘』、『砂漠の情熱』にしても、またかなり謎めいた作品の『いつわりの愛人』にしてさえも、いま私の申したことを補強してくれるでしょう。私はかつて、バルザックのこうした≪自然からはみ出た≫側面のことをスワンにしゃべったことがありました

第五篇 囚われの女
2007年 1月24日 第1刷。





語り部とアルベルチーヌの生活。

語り部はとても面倒くさい人物で、アルベルチーヌを愛していないと言いながら、嫉妬する。

シャルリュス男爵がヴェルデュラン家の夜会で、嫌われて、追い出される。

9巻 P100:
他人に所有を隠しておく者は多くの場合、愛の対象が奪われはしないかという恐れからそうするにすぎない。ところがこのように慎重に口をつぐんでいると、所有の幸福は減少してしまう

9巻 P123:
欲望こそ、その衣裳についての本当の知識、詳しく深い知識にほかならない

9巻 P259:
人は「それこそ生活だ、懐古趣味なんて作り物だよ」という。しかしそこから明確な結論を引き出すことはできなかった

9巻 P304:
十九世紀の大作家たちはその作品を完成できなかったが、彼らはあたかも作る者であれば裁く者でもあるように、仕事をしている自分を眺め、作品の外にあって作品をこえた一つの新たな美をこの自己観察から引き出して、それまでなかった統一と偉大さをあとからさかのぼって作品に課した

10巻 P36~P37:
私たちはなかなか悪徳を信じることができない

10巻 P87:
私たちは知人のすべてについて複製を所有している。しかし通常その複製は、私たちの想像力や記憶の地平線に位置し、どちらかといえば私たちの外部にとどまっている

10巻 P331:
どの小説もお互いに重ね合わせることができるんだ

10巻 P345~P346:
人が何かを愛するのは、そのなかに近づくことのできないものを求める場合だけだ。所有していないものしか人は愛さない

第六篇 逃げ去る女
2007年 1月24日 第1刷。



アルベルチーヌの失踪と死。語り部は苦悩するもやがてアルベルチーヌを忘れていく。

スワンと結婚していたオデットは、スワンの死後、フォルシュヴィル伯爵と再婚し、娘のジルベルトはサン=ルーと結婚する。

11巻 P19:
私は習慣というものを、なによりまず、知覚の独創性を抹殺するもの、知覚の意識まで消してしまう破壊力、と見なしていたのだった。今やそれが、恐るべき神のように見えてきた

11巻 P159:
私はたった一人の男ではなくて、刻々と異なる混成部隊の列であり、そこには情熱的な者たちもいれば、無関心な者や嫉妬する者たちもいた

11巻 P243:
<習慣>はすべてを弱めるものだから、私たちにある人のことを最もよく思い出させるのは、まさいくとるに足りないものであるために忘れていたもの、こうして私たちがそのすべての力を残しておいたものになる

11巻 P447:
ゲルマント家の世界では、財産などはなんら重要視されず、貧乏はたしかに胃病と同じく不愉快なものではっても、いささかも対面を損ないもしなければ、社会的な地位に影響を与えるものでもなかった

11巻 P503:
社交界の地位も、一度できたら安泰というものではない。それは強大な帝国と同様に、たえず継続される一種の創造によって刻々と再建されなければならない

第七篇 見出された時
2007年3月25日 第1刷。





第一次世界大戦勃発とそれに伴う世相の変化。

戦争勃発後、シャルリュス男爵が親独派となる。

ドレーフュス事件は風化し、派閥も解消されて、社会は戦争によって不可逆的に変化していく。語り部は、「時」をテーマにした小説を書く事を決意する。

12巻 P77:
軍備を進める党派も、必然的に旧再審派、旧社会党員のなかから賛同者を募集しなければならなかった

12巻 P99:
悪しき感情をさらけ出すことだ。そうすれば少なくとも、悪しき感情を隠しているようには見えない

12巻 P180:
シャルリュス氏のこのドイツ好きの仕上げともなる特徴を挙げれば、彼は実に奇妙な反応で「同性愛」にこれを負うていたのである
(中略)
彼には自分の愛している男が快い死刑執行人のように見えたのだ。もしドイツに敵対する立場をとったら、彼は肉欲の時にしかとらない行動と同じように振舞う気がしただろう

12巻 P182:
シャルリュス氏が驚いたのは、ブリショのように戦前は軍国主義者で、とくにフランスが充分に軍国主義的でないのを非難していた人たちでさえ、今ではドイツの行きすぎた軍国主義を非難するだけでは満足せず、その軍隊讃美まで問題にしていることだった

12巻 P200~P201:
大衆はギリシャ国王やブルガリア国王のことをただ新聞によって判断するにすぎません。新聞による以外に、どうやってこの国王たちのことを考えられるだろう

12巻 P347:
彼がまだ信仰の年齢にいるからだ。けれども私の方はもうその年齢を超え、そのような特権を失ってしまった

12巻 P447:
作家は、量感や密度や普遍性や文学的な現実感を獲得する上で、たった一つの教会を描くのにもたくさんの教会を見なければならないように、たった一つの感情のためにも多くの人を必要とする
(中略)
ある感情のためのモデルとして私たちの前でポーズしていた女は、もうその感情を起こさせなくなる

13巻 P41~P42:
一つの観念を目指しいている男がいて、怠け者である上に病弱であることまで手伝って、絶えずその観念の実現を先延ばしにし、毎晩のように無駄に流れた一日を存在しなかったことにして、つまりは肉体の老化を早める病気のために精神は年をとらなかったつもりになっている場合、そのような人は、これとは逆にほとんど内面生活を持たず、カレンダーに従い、一日一日と歳月を重ねてけっして全体を一気に発見するようなことのない人に比べて、自分が絶えず<時>のなかに生きてきたことに気づくとはるかに強く驚き、打ちのめされる

13巻 P66~P67:
醜すぎる女たち、顔に何か欠陥のある女たちは、美しい女より有利なところさえ持っていた
(中略)
老いにはどこかに人間的なものがある。ところが彼女たちは怪物であり、鯨と同じように、さっぱり「変わった」とは見えないのだった

13巻 P247:
私の失ってしまった歳月そのもので形作られた彼女は、私の青春に似ていた

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