都市は人類最高の発明である

読んだ本の感想。

エドワード・P・グレイザー著。2012年9月28日 初版第1刷発行。



人口集積度が高い都市の優位性を提唱する本。

高層建築を多く造り、自動車ではなく鉄道等を増やす事で集積度を向上させるべきとする。

2011年時点では、米国人の多くが国土の3%である都市に居住し、東京周辺には3600万人が暮らす。世界人口の半分以上は都市に住む。

都市はハブであり、多くの物資や情報が集積し、各地へ拡散する。大規模製造業は都市の規模のおかげで固定費をカバー出来るのだし、都市は需要を生む。

<米国都市の発達>
1900年時点での米国大都市は全て大都市に面していた。

1816年時点では、陸上で財を50㎞運ぶのには、大西洋を横断するのと同じ輸送費用がかかるため、東海岸に人口が集中し、ハドソン川を五大湖と結ぶエリー運河やイリノイ-ミシガン運河が内陸部を発展させ、19世紀半ばの鉄道で内陸部が発展した。

内陸にあるデトロイト市の発展も、デトロイト川と結び付き、アイオワの農地とニューヨークを結ぶ経路の途上にある優位を活かした。

〇衰退都市
小企業と高技能市民が少ない都市は衰退する。米国デトロイトの衰退は、大企業であるフォードに人員が集中し過ぎて柔軟性を失ったためである。

不動産開発は根本的解決にならず、小企業や高技能市民育成が活性化の鍵となる。1980年においては、成人人口の中で大卒比率が1%上がると、1980年~2000年にかけての所得成長率は6%増えた。

〇カーリー効果
20世紀初頭にボストン市長を務めたジェイムズ・マイケル・カーリーに因む。英国系プロテスタントからの不支持と、貧しいアイルランド系市民からの支持により、裕福な市民がボストン市から転出した方が優位にあったため、アングロサクソンを「奇妙で馬鹿な人種」と罵倒する事で、ボストン市長に四回選出された。

同様の事例は1970年代のデトロイト市長を務めたコールマン・ヤングにも当て嵌まり、黒人として粗暴なスタイルを貫く事で市長選四回を勝ち抜いた。1970年代に白人比率約55%だったデトロイト市は2008年には11.1%にまでなった。

<都市と衛生>
紀元前430年頃にアテナイでペストが流行して以来、都市と伝染病はセットになっている。

1830年代にはコレラが西洋都市で流行し、田舎よりも高い死亡率が都市の弱点だった。

ジョン・スノウは1854年のロンドンでコレラ発生パターンを研究し、水道提供による飲料水確保が重要と提言した。水道は各地に広まり、ニューヨークでは南北戦争末に1000人当たり30人以上だった死亡率が1920年代には10人ほどになり、その三割から五割は水道で説明出来るらしい。

1860年代にパリ大通りが清掃し易いアスファルトになった事を皮切りに、1890年代にはニューヨークにもアスファルトが導入され、衛生改善に寄与した。

<リゾートとしての都市>
都市の大規模需要は料理や芝居等を盛んにし、人的才能を育成する。

英語圏における初の大規模劇場は、1576年にジェイムズ・バーベッジが建てたもので、ロンドン市民に娯楽を提供した。

レストランが確立したのは18世紀のパリで、マチュラン・ロゼ・ド・シャントワゾーが初とされる。都市の密度は専門特化した製品市場を創設した。

1782年にはラ・グラン・タヴァン・ド・ロンドレが回転し、瀟洒な部屋と美味というそれまで貴族にのみ提供されていた娯楽を市民にも提供した。

自前のシェフや劇団を個人で賄わなくとも、都市の大規模需要が演劇と料理を公的な楽しみに変えた。

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