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さつまいも史話

読んだ本の感想。

木村三千人著。1999年11月10日 第一刷発行。



瀬戸内海の大三島に建立された芋地蔵について。

1755年に亡くなった下見吉十郎(1673年~1755年)が、大三島に薩摩芋を伝えた話に由来する。

下見吉十郎は1711年に六部行者の旅(六十六部の法華経を全国六十六カ国の霊地に一部ずつ納める目的で遍歴する巡礼)に出て、薩摩から収量の多い芋を郷里に持ち帰ったらしい(芋自体は郷里に既に存在していた)。

著者は、日本へ伝わった薩摩芋には、琉球芋(太平洋経由で伝わる)と唐芋(中国経由で伝わる)の二種類があり、下見吉十郎は収量の多い唐芋を大三島に伝えたと考える。

〇薩摩芋の原産地
薩摩芋は熱帯アメリカ原産で、1492年のコロンブス米国大陸到達時にアヘスという名で記録され、生食が可能であり、壊血病予防にもなるため、スペインではバタタと呼ばれ活用された。

①琉球芋(蕃藷)
肉色に変化が多く、収量が多くなく(一反あたり320貫~400貫:1280㎏~1600㎏)、味が濃い。フィリピンや中国を経由して、1597年に砂川旨也によって宮古島に、1605年には野国総管が琉球へ持ち帰り、儀間真常が琉球に広めた。1615年にウィリアム・アダムスによって琉球から平戸に持ち帰られた時に、琉球芋と命名される。

1663年~1692年には瀬戸内の島々にも広まった。

②唐芋(甘藷)
肉色は白から黄色で収量が多く(一反あたり550貫~600貫:2200㎏~2400㎏)、味は淡泊。1578年にアフリカ経由で中国に到達し、本草綱目にも記される。1698年に、琉球の中山王から種子島久基に贈られる。『三国名勝図会』には、1705年に大山村の漁師 前田利衛門が琉球から甘藷を持ち帰った逸話が記載される。

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