物語 カタルーニャの歴史

読んだ本の感想。

田澤耕著。2000年12月10日 印刷。



以下は、Wikipediaの『カタルーニャ州』の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%83%A3%E5%B7%9E

〇カタルーニャ
スペイン地中海北東部、フランスと国境を接する地方。州都はバルセロナで人口は約600万人。歴史的には711年にイスラム教徒がイベリア半島に侵入して以後、フランク王国によりイスラム討伐が行われ、801年にバルセロナを陥落させて、ヒスパニア辺境領という緩衝地帯になったのが起源と言えるらしい。

バルセロナ南方のリュブレガット川を境に、旧カタルーニャ(川の北側、9世紀初頭に再征服され、イスラム教徒の占領期間は80年~90年程度で文化的影響が少ない)と新カタルーニャ(11世紀末~12世紀中頃の再征服でイスラム教徒の影響が大きい)に分かれる。

以下が、カタルーニャのバルセロナ伯達。

<ギフレ一世>
在位:878年~897年。フランク王国によってバルセロナ伯に任命され、全ヒスパニア辺境領の頭となっていく。

<ブレイ二世>
在位:946年~992年。988年にフランク王朝から独立。

<ラモン・バランゲー四世>
在位:1131年~1162年。1137年にアラゴン王国ラミロ二世の娘パルネリャと結婚。カタルーニャ・アラゴン連合王国が誕生。

<ペラ一世>
在位:1196年~1213年。南仏オクシタニアのキリスト教異端カタリ派に対する十字軍に反発し、1213年のミュレの戦いで十字軍に敗北して戦死。オクシタニアはフランス王国の領土として確定する。

<ジャウマ一世>
在位:1213年~1276年。自伝的年代記『事実の書』を残す。マリョルカ島征服やバレンシア征服等の成果。

再征服が行われるに連れて都市に人口が集中し、反カタリ派十字軍を逃れた人々がバルセロナに流入。王侯貴族が農民を支配する図式が崩壊し、王と商人との間に密接な関係が築かれた。

1265年にバルセロナの市会「百人議会」が誕生する。バルセロナが独立自治都市の性格を帯びるようになる。他に『海事法令集』の編纂。

〇ラモン・リュイ(1232年?~1316年)
キリスト教布教に熱狂し、①神との一体感という神秘思想、②異教徒を理屈で屈服させるための主知主義という二つの側面からなる思想を生み出す。

カタルーニャ語文学や哲学に影響を残し、ライプニッツは『結合方』の中で、神学的問題を記号を使用して説明するラモン・リュイの『大方法論』を絶賛している。

以下は、Wikipediaの『ラモン・リュイ』の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%82%A4

<ペラ二世>
在位:1276年~1285年。1282年にシチリアを征服。

征服軍の中核を占めていたのは、アルモガバリスという傭兵部隊で、1302年にシチリアの貴族がカルタベリョッタの和約で決着を見ると、ビザンティン帝国領に活動の場を移し、1311年にアテネ公国、ネオパトリア公国を建国し、主君筋であるカタルーニャのペラ三世に献上。

<アルフォンス三世>
在位:1327年~1336年。王子だった1324年にサルデーニャ島を征服。

1333年頃から天候不順の影響でカタルーリャの人口が激減していく。13世紀末のカタルーニャ人口は約50万人で11世紀の倍だったが、黒死病等の流行で、1340年に約5万人だったバルセロナの人口は、1350年には約2万人に減少。

農民の離反を防ぐために封建的農民支配が厳しくなり、1380年頃から百年に渡って農民反乱が発生する。

バルセロナの商工業者は以下の二つの派閥に分かれるようになる。

①ブスカ
中小商人が中心。平価切下げや保護貿易主義によって産業を守る事を主張。

②ビガ
大商人が中心。土地への投資、政府への貸し金の保護、自由貿易を主張。

<ペラ三世>
在位:1336年~1387年。

バレンシア領有をめぐってカスティーリャ王ペドロ一世(在位:1350年~1369年)の間で行われた戦争は「二人のペラの戦争」と呼ばれる。

息子のマルティ一世(在位:1396年~1410年)に後継者がいなかったため、カスティーリャ系のフェルナンド・デ・アンデケーラが継承者となる(ファラン一世)。

<アルフォンス四世>
在位:1416年~1458年。ファラン一世の長男。

弟のジュアン二世(在位:1458年~1479年)の息子ファラン二世がカスティーリャ女王イサベルと結婚しスペイン王国となる。

その後のスペイン統治機にカスティーリャ語(スペイン語)が一般的になっていき、16世紀~17世紀のスペインにセルバンテス、ロペ・デ・ベガ、エル・グレコ、ベラスケス等の巨匠が誕生した事もカスティーリャ語衰退に拍車をかけたとする。

スペイン継承戦争では、英国等がスペイン王として推すカール大公政府の首都の役割を引き受けたバルセロナが1714年に陥落し、中央政府によって州政府や市会が廃止された。

しかし、スペインの一地方となった事でアメリカ貿易に参画可能になり、やがて繊維工業を中心にスペインで唯一、産業革命が実現したとされる。

文化面でも19世紀に活躍した詩人ボナバントゥーラ・カルラス・アリバウ等により文化的にも興隆していき、ムダルニズマ(近代主義)が誕生する(ラナシェンサという復古的芸術運動)。

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