浮世の画家

読んだ本の感想。

カズオ・イシグロ著。2006年11月20日 印刷。



以下は、「わたしを離さないで」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-902.html

1948年~1950年の日本が舞台。

戦争を礼賛した作風で尊敬された画家が、戦後は価値観の違いに戸惑いながらも自らの敗北を表明する。

以下の特徴。

①信用出来ない独白
内面描写が必ずしも登場人物の本当の心情を表しておらず、行動や発言と矛盾する。

②芸術への態度
音楽や絵画が現実世界へ影響するか、想像に留まるかの葛藤。

〇1948年10月
画家である小野益次は、次女 紀子(26歳)の縁談が流れた事を気に病んでいる。新たに斎藤博士の長男と紀子の縁談が進んでいる。

P14:
財布の重さを比べるよりも、道徳的な行動や社会的功績を比べるほうが、はるかにはるかにすばらしいではないか

P84:
彼らが過ちを認めまいとしているのは、卑怯です

P122:
だれかがつくったかいじゅうにしかみえないよ。こんなものこわがるひと、どこにいるんだろう

〇1949年4月
小野益次が娘の縁談の相手である斎藤一家と出会い、戦時中の自らの意見が間違っていたと表明する。

弟子だった信次郎に、審議会宛ての釈明文(シナ事変に賛同しなかった事)を頼まれたり、高弟だった黒田に会えなかったりする。

P188:
なにかやりたくないことがあると、そういうことについてはからっきし無力みたいなふりをする。それで、なにもかも勘弁してもらえるのさ

〇1949年11月
紀子の結婚が決まる。

小野益次は画家としての修業時代を思い出し、自らが先達を乗り越えてきた事を自覚する。

小野益次の師匠である森山誠治は、歌麿の伝統に西欧の影響を取り入れようと努力しており、浮世(夜の歓楽と酒の世界)を探訪した。しかし、小野益次は友人の松田知州と貧民窟を歩くようになり、現実を描く様に転向。森山誠治の画風は愛国心に背くと見做され、小野益次の方が高い評価を受けるようになる。

他に弟子である黒田を戦時中に密告した記憶。

P208:
弟子たちは、仲間うちのリーダーを求める傾向があるようだ。リーダーになれるのは、その能力において他の弟子たちの手本になれると師匠が認めた人物

P222:
世界の妥当性そのものに疑問を持っているあいだは、その世界の美しさを鑑賞することなど、とてもできない

P287~P288:
お父さまは画家にすぎなかったんですから。大きな過ちを犯したなんて、もう考えてはだめよ
(中略)
お父さまの経歴が縁談を特に左右するという考え自体、よくわからないわ

〇1950年6月
松田知州が死ぬ。紀子が秋には出産の予定で、長女の節子にも二人目の子が産まれる。

人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ABCDEFG

Author:ABCDEFG
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード