象の鼻としっぽ

読んだ本の感想。

細谷功著。2010年11月1日 第一刷発行。



以下はコミュニケーションギャップの原因。

①自分中心で考える
相手も自分と同じ関心と理解力を持っていると思い込む。

②伝わっているという幻想
「伝えた」と「伝わった」には差があり、必ず認識のギャップが生まれる。

③象の鼻と尾を別々に見ている
同じ全体を見ている認識で、違う部分を見ている。同じものを見ていても尺度が異なると解釈も異なる。

脳内にある伝えたい事は伝え手側の表現力や環境の制約を受け、伝えた事は受け手側の理解力や表現力の制約を受ける。伝えるには反応レベルがあり、①「わかりました」と返事をする、②言った事を繰り返せる、③別の言葉で表現出来る、④行動に反映されるという風に難易度が上がっていく。

<レストランで待つ>
レストランで待つ事にも以下のような時間軸がある。

・店の外で並んで待つ
・待合コーナーで名前を書いて待つ
・席で料理を待つ

上記は「途中で止められるか」、「待ち時間が読めるか」に差があり、店の外で待っている場合はある程度は覚悟が出来るし止める事も容易いが、席で料理を待つ事は予想時間を超えると不快に感じ易い。

「レストランで待つ」という同じ表現でも、視点が異なれば受け手の解釈が変わる。

〇長さの期待値
上記から、「長い」と感じるには、以下のパターンがあるとしてみる。

・内容
つまらない事は長く感じる。
・期待値
予想よりも時間がかかると長く感じる。
・全体像
作業や話の全体像が分からないと、終了が予想出来ずに長く感じる。

全体像の提示には暗黙の了解という側面があり、例として日本人であれば北海道から日本列島全体を想像し易いが、チリ北端の画像だけでチリ全土を想像する事は困難。

人間は絶対値ではなく、相対値で考える傾向があるため、自分が知っている事との比較で判断してしまう。そのため、経験が異なる人同士では判断基準が違う可能性がある。

<批判が簡単な理由>
全体と部分から考えると、一部だけを取り出して駄目な部分を指摘する事は簡単に出来る。自分が優位に戦える部分に相手を引き込めば、些末な勝利を大勝利と錯覚させる事も出来る。

専門家は詳細な部分まで把握しているために、逆に全体像が見え難い場合があり、批判の落とし穴に嵌ってしまう。

自分自身の視点をフィルターにすると、「自分が経験した容易に想像出来る世界」と「自分が経験しない想像出来ない世界」に分けられ、この二つでは全く考え方が変わってしまう。

容易に想像出来ない世界については、十把一絡げの世界として扱い、他者とフィルターの感覚が違うと意見が合わなくなる。階層化された世界では、平社員は役職以上を抽象化し、課長は部長以上を抽象化する傾向がある。

そして、自分が経験出来ない上層に全ての理不尽を押し付ける?

<コミュニケーションギャップ解消のために>
具体的な思考地図を用いる。

相対的にではなく絶対的に考える事が必要で、例えば右左ではなく東西で表現する。

思考地図は話の全体像を示すために用い、作業の時間的流れと段取りを可視化すれば、各々が拘っている部分を明確に出来る。

自分が知らない領域は想像し難いため、潜在的な需要は考え難い。経験を積むと想定範囲外を意識する事が困難になり、知らない事を自覚困難になってしまう。そうなると、外側の領域は自分の枠外の事柄として捉えられてしまい、同じ世界の一部であるという認識すら持てなくなってしまう。

自分の領域が全体の一部である自覚が必要。

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