古代中国の文明観

読んだ本の感想。

浅野裕一著。2005年4月20日 第1刷発行。



<黄河文明>
紀元前2500年頃~紀元前2000年頃に、龍山文化に代表される城壁に囲まれた都市的集落が現れる。紀元前2000年頃~紀元前1600年頃には二里頭文化(青銅器文化)が繁栄し、紀元前1600年頃から殷王朝が栄える。殷の時代の黄河流域には森林が広がり、像、犀、牛、熊、虎等の大型哺乳類が生息したとされる。

人口や物資、知識を集積する都市と文字の使用は漢族文明の特色であり、都市を建設出来ない異民族を黄河流域から駆逐していった。

文明は燃料としての木材を大量に必要としたために自然破壊が為される。

各国が覇権を競った春秋時代(紀元前770年~紀元前403年)、戦国時代(紀元前403年~紀元前221年)には各国が国力を増強するための開発によって砂漠化が進行し、その影響は現代まで残る。

<文明以前>
上古の時代、人類は圧倒的に強力な自然に脅かされていた。中国では住居を発明した者(有巣氏)や治水を行った者(禹)等の自然の脅威を克服する文明を創出した人物を聖人として王となる。

特に「文字」の発明は、音声が届く範囲外へ保存可能な記録を伝える意味を持ち、臣下の発言を悉く文書化し、証拠を揃えた上で実績と照合し、成文化された法と照らし合わせる事を可能にした。

文明の創始者 黄帝による万物の命名は混沌たる世界を、理路整然たる世界に改造したとされる。

◎需家
孔子(紀元前552年~紀元前479年)が紀元前530年頃に魯の都 曲阜に開いた学団を始まりとする。孔子は夏・殷・周の礼楽に精通していると自称し、周王朝時代の礼の制度に復帰せよと主張した。

王朝儀礼を唯一の行動規範として、主体的な意思を封印して受身の言動を取る。儒教の礼は、服装、車馬、邸宅、器物等の等級によって身分差を顕示し、社会秩序を維持する性格を示す。

孔子は周王朝の諸制度が、夏や殷に比べて装飾性に富み、美麗である点を評価した。それは節倹主義の否定である。天には恒常性があり、人間による影響は無いとする。そのため、人間側が対応を誤らなければ文明社会が存続出来るだけの富は供給される。

◎墨家
墨子が紀元前450年頃に魯に開いた学団を始まりとする。墨子は自然界に生きる人間を、他生物より遥かに劣った存在として、社会形成の必要性を説いた。

人類が生産出来る富の総量は人類全ての生存を保障し得るか危ぶまれるとして、人類が生存するための富の生産を征服でなく、無駄の除去に求め、装飾性や奢多品排除を主張。

◎道家
人事を天事の内部に包摂する古代天道思想に端を発する。宇宙の始原を説明し、そこから人間社会批判に至る。他思想では有意志の人格神である上帝を宇宙の主催者として世界を所与とするために宇宙の始原を思索対象とはしない。

道家では機械導入や動物の家畜化を自然に反すると考える。文明社会では、人々は社会の価値基準に照らし合わせて他人と競争し、持っている能力以上の結果を出そうとするために自己を見失うという主張。

太古のように狭い共同体に埋没して暮らす事を理想とする。

人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ABCDEFG

Author:ABCDEFG
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード