ラ・ミッション ―軍事顧問ブリュネ―

読んだ本の感想。

佐藤賢一著。2015年2月25日 第一刷発行。



以下は、Wikipediaの「ジュール・ブリュネ」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%A5%E3%83%8D

侍を美化し過ぎている。

幕末の日本で徳川幕府に雇われた軍事顧問団の一人ジュール・ブリュネが大政奉還後も自らの意志で徳川幕府残党に協力し、帰国後、自らが英雄として評価されている事を知る。土方歳三を助けるために、カズナーヴ伍長としてフランスに連れて行く事に無理を感じた。

P122~P123:
その『フランス的』というのは?
(中略)
世界に文明をもたらす使命があると信じながら、無知蒙昧のうちに苦しんでいる国々に、繁栄と正義と文化を与えようとする友好的態度のことです

◎メキシコ戦争
1861年12月~1867年6月までフランスがメキシコで行った。メキシコ大統領ベニト・フアレスが二年間の外国債務利払い停止を決めた事が発端で、フランス(債権三百万ペソ、6500人派兵)、スペイン(債権九百万ペソ、4000人派兵)、英国(債権七千万ペソ、700人派兵)が武力制裁した。

英国とスペインは1862年には撤退したが、フランスを訪れていたホセ・マヌエル・イダルゴ・イ・エスナウリサールがナポレオン三世に取り入り、皇后ウジェニーは新大陸にカトリックの大国を設立する思想に浮かれた。

新大陸にフランスの頼もしい友邦を築く夢。

◎セヴァストポルの教訓
海上砲撃のみでは陸上要塞を陥落困難である事。

クリミア戦争にて1855年9月に黒海沿岸のセヴァストポル要塞を攻撃した時は、四日目正午のフランス軍による奇襲が功を奏した。突撃したがらない海軍国の英国と、白兵戦を好む陸軍国のフランスの対比。

P394:
砲弾が城を占領するわけではない。それは人にしかできない。人が乗りこんでこないかぎり、我々は決して負けない

P399:
海のイギリス人と陸の日本人に連携されて、今やエゾ共和国は、海のイギリス軍と陸のフランス軍に共闘されたロシア軍と同じ

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