完本 信長私記

読んだ本の感想。

花村萬月著。2015年12月10日 第一刷発行。



織田信長の幼少期から本能寺の変の直前までを書く。母子関係がテーマの一つかな。話が長過ぎて冗長になっていると思った。

P111:
俺は自分が神仏に生れなかったことを呪う。人に生れてしまったが故にあれこれ面倒をこなさねばならぬ。手順を踏まねばならぬ。なんとか一息に世界を破壊し尽してしまえぬものか

P123:
竹千代とは、新たな世界をつくりあげる上でどうしても避けて通れぬのが、闘争である―との意見の一致を見た。

P155:
弓矢が満足にとどかぬところから鉄砲をぶっ放せば、弓隊はお仕舞だ。つまり戦は畢竟、間合いである。間合いさえ保って戦うことができれば、負けるばずもない

P167:
奴らは慾を醜いものと感じている。だから醜い慾を抱いている自分に対する言い訳が必要なのだ

P200:
残虐と愛嬌は表裏でございますからな
(中略)
子供は平気で虫を潰すもの。割り切りなさって残虐を極めてはいかがでしょう

P204:
己を卑下したり、おどけてみせたりするのは、いわば他人を支配したい気持ちの裏返し。その延長線上に天下取りがあっても一向にふしぎではない

P239:
母上と俺は似すぎていたのです
(中略)
心持ちが我が身にそっくりである俺が日々成長して、母上には成し得ぬことを成してゆくのですから、母上としては心穏やかではいられなかったかもしれませぬ

P329:
この世のすべてには終わりがあり、人の最後は否応なしに死の苦しみで終わることを鑑みれば、世界は『悪』によって成り立っている
(中略)
『悪』を否定する者は、己の拠って立つ場所を斥けるという愚を犯しているのだ。たぶん己だけは死なぬと心のどこかで楽観しているのであろう

P367:
天皇の基盤は、坊主の基盤はどこにあるのか。腹立たしいことに現世にない。だから始末に負えないのである

P384:
信玄の凄さの一例を挙げれば、度量衡の統一に腐心したことである。国家の経営とは、基準を設け、徹底させることにある

P424:
人があれこれするときは、一律でないと不公平だと吐かす輩が必ずでます。けれど神仏は気まぐれなもんですわ。それでも皆は離叛もせずに従います

P440:
家臣など皆すべて同じ貌で、同様の体格であればよいものを。粘土細工のように型に仕込んで無数に模ることができぬものか。もちろん名もいらぬ。役目に応じて赤青黄橙緑黒、着衣を色分けし、その色の采配を振るう。こうきたらこう動くとすべての動作を寸分違わぬよう仕込ませて、ついでに背に番号でも標でも縫いつけさせておき、それで細かいところまで指図すれば戦もよりうまく戦えるというものだ

P461:
母に支配されて育った男は、あれやこれやの気配も満足に読めぬくせして当人は己が悧発であると思い込んでいるような輩が大部分であるから始末に負えぬ
(中略)
光秀の場合、実際に誰よりも抽んでた力もあるがゆえ、なおさら始末に負えぬ

P472~P473:
おまえがさらに背丈を伸ばすためには、おまえの母堂を消し去ることこそが肝要
(中略)
よいか。神の為すこと、凡夫に悟れるはずもない。黙って受け容れよ
(中略)
俺など、疾うに母を葬り去っておるわ。ゆえに、斯様に屹立し、神の領域に踏み入れることが叶っておるのだ
(中略)
光秀よ。これは欠片といえどもおまえにもこのような境地のあることを知って慾しいからこその、いわば親心、いや神の心である

P488:
光秀は皆が羨むほどの大いなる力を得たわけだが、夕庵に諮ったところ、力を与えすぎではないかと腕組みした
(中略)
畿内を統べる大軍団をまかせることのできるのは、母堂の死後、性根が見事に入れ替わり、目つきも鋭く据わってきた冷徹な光秀くらいのものである

人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ABCDEFG

Author:ABCDEFG
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード