「空間」から読み解く世界史

読んだ本の感想。

宮崎正勝著。発行……2015年3月25日。



大航海時代を境に、ユーラシアを舞台とする小さな歴史が、海が世界を繋ぐ大きな歴史に変化した。

他に空間革命(空間規模拡大と秩序形成)として以下の画期があった(カール・シュミット)。

①大農業空間形成(大河周辺に文明が生れる、紀元前3千年頃)
②諸地域世界の形成(馬による統合、紀元前6世紀頃)
③ユーラシア統合(遊牧民と商人による、7世紀頃)
④近代システム形成(大西洋世界開発、15世紀頃)
⑤地球空間統合(18世紀頃、産業革命後)
⑥地球規模の電子空間形成

第一章 人類の誕生から最初の空間革命へ
東アフリカ大地溝帯で人類が誕生し、大河流域に人口密集空間が形成されるまで。時間的に世界史の99%以上を占める。

大河流域に灌漑による大農業空間が形成されると、周辺に遊牧民が商業網を成長させる。人口密集地域は世界史のコア地域と呼ばれる。

やがて都市が形成され、食料を自給出来ない都市は、官僚や軍隊、法律、裁判等の強制装置を整え、互報的だった農村との関係を支配―隷属関係に変えていく。

灌漑無しで栽培可能な粟を中心とする中華社会では国家形成が遅れ、祖先崇拝で統合される部族が社会の中心になった(邑制国家)。殷周革命においては、殷王が神を称していたために、周王は神を名乗れずに天帝を利用する政治理念を誕生させる。

中華世界の王朝では、皇帝は天帝にのみ責任を負い一方的に人民を支配する。

枢軸の時代(ヤスパース):
紀元前七世紀~紀元前四世紀の同時期に、ユダヤ教、仏教、儒教、ギリシア哲学等が出現した事。都市が形成されて2500年が経過し、都市の思考が体系化された。

一神教としてのユダヤ教は、信仰を生活と密着する神々から解き放ち、あらゆる世界に適応する普遍的信仰となった。

季節風が齎す雨季と乾季の循環が発生するインドでは、個人の業が過酷な輪廻を生み出す原因とされ、解脱に至る修養が探究された。

第二章 ウマと戦車による諸地域世界の創造
各地域に帝国が誕生。

帝国とは、移動困難な地理的障壁まで広がる大空間に居住する多様な民族を包括する国家であり、同一の文字、宗教、法律等で支配された。

その基本形は遊牧民が馬を使用して農耕社会を征服する事である。

①ローマ帝国
②ペルシア帝国
アケメネス朝は、紀元前550年~紀元前330年まで続き、王はゾロアスター教の光明神アフラ・マズダの代理と称した。イラン高原南部から起った農耕民のササン朝(226年~651年)はパルティアを滅ぼし、ミスラ信仰はローマにも影響した。
③マウリア帝国
アレクサンドロスの東征を契機に、紀元前317年頃~紀元前180年頃に、ガンジス川を中心に形成された。

紀元前1000年頃から遊牧民アーリヤ人がパンジャブ地方からガンジス川流域に移住したが、大規模灌漑不要な米作は絶対的権力を必要とせず、都市国家が形成されていた。

チャンドラグプタ(紀元前317年~紀元前296年頃まで即位)は、アレクサンドロスの侵入に備えてマウリア朝を創建し、マガダ国を直轄地として、他地域を緩やかに統合した。三代目アショーカ(紀元前268年~紀元前232年頃まで即位)は仏法による統治を行ったが、その死後約半世紀でマウリア朝は滅亡した。

④漢帝国
黄河が二年~三年に一度流路が変わるほどの氾濫を繰り返すために、海との結び付きが弱く、典型的な内陸国家となる。天命を受けた天帝の代理人が天下を統治する天命思想が行き渡り、限られた空間内部の支配者達による長期戦が歴史を築く。

漢は秦の統治システムを利用し、それが中華帝国の礎となる。

第三章 騎馬遊牧民によるユーラシアの一体化
以下の民族達が大量脱出のために帝国を創建していく。遊牧民の爆発の時代(アーノルド・トインビー)

①アラブ人
アラブ半島は砂漠が大部分であり、夏には45℃に気温が上がる暑熱地。

②トルコ人
トルクメニスタンは砂漠が八割以上で、夏には気温が40℃以上に達する。

③モンゴル人
モンゴル高原は、冬に気温が零下30度にまで下がる乾燥地。

イスラーム勢力の地中海進出によって打撃を受けたキリスト教徒はアルプス以北の森林地帯に中心を移し、ゲルマン人と結んでキリスト教世界を再編した。ムハンマドなくしてシャルルマーニュなし(アンリ・ピレンヌ)。

〇アッバース革命:
イスラム教徒を対等に扱う帝国の形成。以下の特徴。

・イスラムの指導者であるカリフの権威拡大
・法学者ウラマーによる裁判
・行政言語をアラビア語に統一
・同一通貨の流通
・駅伝制

〇トルコ人の西進:
カラハン朝(10世紀、ベラサグン)
ガズナ朝(11世紀、ガズナ)
セルジューク朝(11世紀、バグダート)
マムルーク朝(13世紀、カイロ)
15世紀(オスマン帝国、コンスタンティノープル)

遊牧民族トルコ人は、神が異教の世界から奴隷として遣わした秩序維持者という限定的枠組みで受容され、やがて世襲化された支配者となっていった。

********************

中華帝国:
北宋(960年~1127年)には、収穫量の多い占城稲がヴェトナム南部から江南に移植され、1000年頃に6000万人だった人口が、1100年には1億人、1200年には1億1500万人に増加。

秦から唐にかけて西の内陸部に片寄っていた首都を、遊牧民と接する地域から離れた大運河と黄河の接点である開封に移動させた。

モンゴル人による支配が確立すると、草原の道によって大帝国が形成され、元の歳入の八割は銀で徴収する塩引(専売品の塩と引き換えられる手形)で、約一割は商税(価格の1/30)だったという。

第四章 ユーラシア帝国の崩壊と「小さな世界」の再編
モンゴル人支配層の奢多化、部族間紛争によってモンゴル帝国は分裂し、中華帝国、イスラム圏、欧州、ロシア帝国にユーラシアは再編された。

モンゴル帝国の後継である清朝は、主要なポストを偶数定員にし、漢人と女真人を共用して漢人支配層を懐柔し、ラマ教を国家宗教としてモンゴル人も懐柔し、中央アジア遊牧空間をアリアと二分した。

第五章 大西洋と大森林地帯での空間革命の胎動
モンゴル帝国の時期に、地中海からバルト海に至る欧州西岸海域は、ユーラシア商業網と結び付いて商業を活性化させた。

13世紀に結成されたハンザ同盟や、東方植民(12世紀~14世紀)はドイツ帝国の元となる。

1243年に建国されたキプチャク・ハーン国は、トルコ系遊牧民が支配する国となり、ギリシア正教を中心とするロシア文明の輪郭を作る。17世紀に成立したロマノフ朝(1613年~1917年)は歳入の半分を毛皮に依存し、トルコ系武装勢力コサックによってシベリアを征服する。

ピュートル一世(位1682年~1725年)、エカチェリーナ二世(位1762年~1796年)の下で大国となったロシアは寒冷地にあるために支配地域を拡大するようになる。

第六章 分水嶺となる大航海時代
三大洋が五大陸を結び付る時代。

多様なネットワークで結び付く海洋空間は、砂漠の商業空間類似しており、領土を前提とする帝国とは対照的(『文明の海洋史観』川勝平太)。海洋空間の秩序として資本主義が形成される。

ウォーラーステイン(1930年~):
世界が単一のシステムになる「世界システム論」を提唱。大西洋空間で資本主義が形成されたとする。

ブローデル(1902年~1985年):
一つの経済が一つの世界を創る「経済=世界」の概念を提唱。16世紀以前の欧州が資本主義の起源とする。

大西洋は異質な陸地を接続する空間であり、商品生産によって富を生み出すシステム(資本主義)と公海における航行の自由(海洋法)が作られた。

新大陸から流れ込んだ銀によって、16世紀~17世紀前半にかけて欧州の物価は三倍~四倍に高騰し、急激なインフレの中で経済的欲望が肯定され、投資・投機が一般化してキリスト教世界の世俗化が進んだ。

〇英国:
クロムウェル(1599年~1658年)が清教徒革命によって共和制を樹立し、航海法を定めて中継貿易に依存するオランダに打撃を与え、英蘭戦争によって海軍力を背景に英国経済は押し上がった。1657年には東インド会社を永続的な会社と認める特許状が出される。

1688年の名誉革命後は、1692年の国債に関する法律により、議会が国の借金を保証する事になり、酒税を新設し、年利一割の国債が発行された。

国債の価値が安定し、金融市場での売買が可能になると、短期間での戦費調達が可能になり、フランスに対して優位になる。島国である英国は陸上からの侵略が無いために陸軍を拡充する必要が無く、領土支配に基づく陸のシステムとは異なる、自由貿易のルールを築いていった。

第七章 大西洋空間とつながる産業革命と市民革命
陸地を中心とする世界では、農地と農民支配が社会の基礎であり、農地拡大による空間の大規模支配が富の源泉だった。商業は奢多品の比重が高い。

海を介在する世界では、交易から富を得る方法が追及され(重商主義)、資本主義が生み出されていく。

18世紀の大西洋貿易では、カリブの砂糖とアフリカの奴隷が主商品となる。最大の利潤を目指し、貨幣で購入した商品により生産過程を組み立てるのが資本主義である。

17世紀以降、砂糖を中心に商品作物の連鎖が生み出され、砂糖と共存する嗜好品(コーヒー、紅茶等)を普及させて経済を拡大した。綿業から始まる機械と蒸気機関の結合は、産業革命として資本の膨張が空間革命を引き起こした。

ユーラシアの小さな世界では、宗教的権威を持つ君主による統治が当たり前であったが、資本主義では人々が自らの代表を議会に送り政治を行う。国民国家が民主主義によって権力の基盤を説明するシステム。

民主主義は、神と各人の直接的繋がりを前提に、それぞれの人権を相互に認め合う思想であり、帝国の残滓が強い地域や部族の枠組みから抜け脱せない社会では名目的にならざるを得ない。

そのため、19世紀後半の欧州では市民の基本的人権よりも民族を重視する国家主義的側面が強められた。

第八章 ヨーロッパの膨張
陸地は主権国家が領土として分割するが、海は国際法の公海の原則に基づいて特定の国家が独占する事が避けられた。

英国は海洋支配に専念し、中国に大部分が収まる銀に代わって、英国が牛耳れる金本位制に転換した。1816年の貨幣法で金本位制を確立すると、1900年までに世界の主要国のほとんどが金本位制を採用した。

工業製品の輸出で経常黒字を蓄積した英国は、ポンドと金の交換を保障し、他の通貨との交換を無制限に行い、世界の銀行として膨大な貸し付けを行った。

1860年代には帆船から蒸気船への転換が急速に進み、1870年代以降、大西洋は巨大な湖となった(1840年~1913年で世界の蒸気船トン数は約6.4倍になった)。

大量輸送が可能になった事からアメリカ大陸、オーストラリア等の未開拓地を大農場に変える動機付けが発生し、人口が希薄だった地域への移住が進んだ。

第九章 グローバル化する世界
20世紀は前半の世界大戦の時期と、後半の地域戦争頻発の時期に分けられる。

大きな欧州が崩落し、情報革命によって地球文明が形成されている。

1970年代に情報機械の発達を背景に始まった情報革命は、大航海時代に匹敵する空間革命を引き起こしている。

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