最高の戦略教科書 孫子

読んだ本の感想。

守屋淳著。2014年1月24日 1版1刷。



具体的手順を持ち難い前例の無い状態では、方向性の感覚(歴史書で学ぶ)と競争状態での原理原則(孫子で学ぶ)が必要になるとする。状況が刻一刻と変化する以上、過去の成功体験を安易に信じる事は出来ない。

Ⅰ部 『孫子』はそもそも何を問題とし、何を解決しようとしたのか
中国の春秋戦国時代は、約550年間継続した。負ければ国が滅び、且つ、敵が多数存在する状況。そのため、戦略は「如何に自らの消耗を抑えるか」が一つの眼目となる。

以下の三分類。

①敵の方が弱い
外交や威嚇によって味方に引き入れる

②彼我が同じくらいの力
相手の戦う力が弱い内に摘み取り、相手をかわして第三者と戦わせ、漁夫の利を得る

③敵の方が強い
傘下に入り、協力者として生き残る

<比較要件>
以下で彼我を比較する。

①道:理念の共有度
②天:タイミング
③地:インフラ
④将:責任者の能力
⑤法:規律や機材の性能

兵士と資金が入っていない。著者は、孫武が、斉の余所者として、呉王の兵士と軍資金に言及出来なかった可能性を指摘する。

****************

孫子では、自らの努力で維持出来る不敗体制を構築し、敵が機会を見せたら勝ちを目指す。さらに短期決戦で勝てる条件を重層的に構築していく。

そのために詭道(騙し合い)として敵との情報格差をつける。臨機応変に動き、こちらを弱く見せ、意図を誤解させる。これは手の内が露見すれば通用せず、抑制効果も望めない。不安定な戦国の状況で一発勝負を挑む者の思想である。

<情報格差のある状況での戦い>
以下の四つの側面。

①情報
②環境・肉体(地の利や疲労、空腹等)
③感情・精神(勢いや士気)
④物量・管理(兵数や組織化の度合い)

孫子では、「智将は務めて敵に食む」とあるが、これは行軍を速くするためであったのかもしれない。初期ナポレオンの軍隊も携帯食料のみを持って予想外の距離を移動し、補給は敵軍後方を襲う事で維持した。

さらに食料調達法が収奪だった場合、敵軍は看過出来ないが、自らは移動し次に現れる場所も予想されない。敵は広く薄く兵を分散するしかないので各個撃破が可能になる。敵の急所を攻撃し、救援に駆け付けた敵を待ち構える戦法も使える。

⇒「重要地点に兵を分散させる」と「戦力を集中させる」はトレードオフの関係になっている

<情報格差が作れない状況での戦い>
敵と再戦する場合、敵軍が焦土作戦を実行する等して警戒される可能性がある。

その場合、「奇」と「正」を組み合わせ、相手の罠にかかった振りや、相手を誘い出す戦法を使う。紀元前496年の呉と越の戦いでは、越王句践は、自軍の兵士達を敵軍の前で自殺させ、混乱状態となった呉軍を破った。

「相手が自分を騙そうとしている」という不安が、疑心暗鬼を誘発させ、時間を浪費させる。変化は必然的に崩れを伴い、攻撃や防御に即した態勢は欠点を抱え込む。また、敵の勢いを上手く外し、元気が衰えた敵と戦う事を目指す。

◎無形
・移動経路・目的地を補足させない
・自然体に構えて敵が先に動くのを待つ
・完全に姿を消す

孫子では、形の具体的説明が無く、口伝で伝えられたのかもしれない。兵力差に応じた戦いでも、「互角の兵力なら、よく戦う」とぼかされており、自由に解釈が出来る。

<組織管理>
愛情による心服と規律による統制が必要。そして強い危機感を兵士達と共有する。そのために兵士には作戦計画を知らせず、考えられない状態で絶対服従させる。人間は理解出来ない状態では固まってしまうか、他からの注文通りに動いてしまう。

情報:裏の読み合い、円環を招き易い
肉体:定期的に世話をしないと致命傷になる
精神:長続きせず、盛衰する
管理:統制されている限り大きい方が有利

孫子では君主との関係が特徴的で、将軍に全権を委任する事を基本とする。クラウゼヴィッツでは一人の人間が政治と軍事の最高責任者になるか、政治的決断に軍人が加わる事を提案している。

⇒クラウゼヴィッツの時代では政治家と軍人の役割分担が分かれていたが、孫子の時代では政治家と軍人が明確に分かれておらず、政治家が将軍になるという形が普通に存在し、政治的意図を理解した将軍に全てを任せる事が可能だった

<情報分析>
①敵との戦力差
②勝てる相手と勝てる方法で戦う
③味方が団結している
④情報格差によって奇襲が可能
⑤現場責任者に権限が委譲されている

スパイを用いて、敵の政治や団結、戦力や軍隊内部の様子、将軍の能力や君主との関係、こちらの戦意に気付いているかを調べる。孫子は聖智でなければスパイを用いる事が出来ないとしており、「聖」という文字は、この個所でのみ用いられている。

Ⅱ部 『孫子』の教えをいかに活用するのか
競争が激しい状態で孫子は必要とされる。

江戸時代を構築した当初は、「人々に夢を見させない安定した体制」が指向され、封建的身分秩序が導入された。野心の他に安定を脅かすのは生活苦であり、夢と生活のバランスを取る事が必要となる。

江戸時代初期の商家では、一攫千金を夢見て蜜柑を江戸まで運んだ紀伊国屋文左衛門等が目立つが、互いに潰し合う事を恐れ、享保期には家訓が大量に作られて道徳秩序を守る事が尊ばれるようになる。

こうした永続主義は争いを避ける事に繋がるが、和を守る集団は戦い慣れた外部勢力に食い荒らされてしまう。

<戦略の段階>
人間は自らの帰属集団の最適解に規定され、より大きい集団の利益を考えられない場合がある。

例として野球では、

選手:試合で勝つために意図的に打たせる等する
監督:ペナントレースで勝つために主力を温存
球団:観客動員を増やすために派手に勝たせようとする

という風に、下の階層を捨て駒にして目的を達成する事がある。これは高いレベルから考える事で、固執している思想から解放される事を示唆しているが、同時に自らが組み込まれている階層が切り捨てられる可能性も示唆する。

<試行錯誤と臨機応変>
孫子では敗北が致命傷になる状況での戦略を考えており、試行錯誤は想定されない。致命傷を回避するために大損害に陥る状況を封じ、事前に勝ちパターンを調べて、臨機応変にそこに嵌め込んでいく事を目指す。

ナポレオン戦争において、ロシアは広大な自国領土を逃げ続けて致命的な敗北を回避し、ロシアの厳しい環境がナポレオン軍を消耗させるのを待った。ビジネスにおいても勝ちに行くよりも、不敗を守って相手に華を持たせる形で成果を出した方が出世し易い場合がある。

一方で、試行錯誤がし易いのは以下の条件が確保されている場合である。

①再挑戦可能
②成功/失敗がすぐに分かる
③結果を出す以外に適否を判断する方法が無い

こうした状況では失敗が成果の元手となる。我慢出来る内は負けろ(ガルリ・カスパロフ)。

不敗のラインは自分で設定出来る場合があり、悪い時はそれなりにサイズダウン出来れば生き残り易くなる。映画監督の押井守は、映画監督の勝利条件を「次回作を撮る権利を留保する事」としている。

自己点検を考える時期と勝ち進む時期を分けて考える。

<クラウゼヴィッツとの比較>
クラウゼヴィッツでは重心として敵軍司令部や敵軍の戦闘力の厚い部分、軍隊同士の結節点を撃破する事で勝利が得られるとする。戦争全体では、軍隊、首都、同盟国を撃破して勝利が確定する。

孫子のような①敵を操作して有利な態勢を築く、②敵の弱い所から平らげるという手法は重視されない。孫子が急所を突くのは相手を操作するためであり、直接的に撃破する発想は無い。クラウゼヴィッツは、仮想的がナポレオンであり、ナポレオンが罠に引っ掛かると想定しなかったためかもしれない。

クラウゼヴィッツは詭道(騙し合い)も基本的に否定しており、同じ相手と何度も戦う事を前提にしている。一回勝負であれば奇襲作戦は成功するが、幾度も戦うと通用しなくなる。

孫子は同じ相手とは一回限りしか戦いたくないという自国生き残りの書である。

クラウゼヴィッツでは軍隊レベルの勢いについての言及が無いが、国民(戦争の熱狂を担当)、軍隊(戦争の運営担当)、政府(知性担当)という役割分担がある。

中世までは戦争の熱狂は宗教が担当していたが、1648年のウェストファリア条約で宗教と政治が分かれ、戦争はプロの手に委ねられるようになる。

フランス革命において、ナショナリズムが戦争の熱狂を担うようになり、敵の存在が熱狂を際立たせる。

<選択と集中>
以下の二つの側面。

①既にある事業の整理
②新たな集中先をどのように見つけるか

〇アサヒビールとキリンビール
1980年代半ばまではビール業界はキリンビールが64%の最大シェアを持っていたが、アサヒビールに抜かれた。キリンビールはラガービール(熱処理されたビール)では圧倒的だったが、生ビールを用意していなかった(敵の虚を討つ)。

1987年に発売されたスーパードライは大いに売れたが、キリンビールはラガービールでシェアを持ち過ぎていたために、「生ビールの方が美味い」とは言えなかった。

アサヒビールは敵が真似出来ない商品を武器にした。過去の成功は簡単に捨てられない。著者は、キリンビールは各個撃破を避けるために一番搾りに集中すべきだったとする。

選択と集中した先が本当に利益が出るのであれば、敵が何社も存在し、自分より大きい敵が参入するかもしれない。そのため、参入障壁の有無や変化要因について理解する必要がある。

以下の参入障壁。

①自社の技術
②立地の優位性
③社員の士気
④会社の規模

現代では情報技術や流通網の発達で優位性を保ち難い状況にあり、ブランド価値や人件費が安い地域等の参入障壁が打破され難い。

生死が突き付けられる世界では価値観が収斂されるが、余裕のある世界では価値観が多様化し、勝てる場で戦う事も可能になる?

*****************

最終章で、著者は『孫子』を欧米圏に最初に翻訳したのは、イエズス会士のアミヨーによるフランス語訳(1772年)とし、現代版とはかなり違うとする。

「彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず」において、「彼 = 部下」という訳になっている。そうした違いとナポレオンの行動をリンクした本を刊行する予定らしい。

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