「覇権」で読み解けば世界史がわかる

読んだ本の感想。

神野正史著。平成28年9月10日 初版第1刷発行。



人類史は安定期と混乱期を繰り返すとする。

第1章 ローマ帝国
黒海からカスピ海の北方に拡がる草原地帯で暮らした遊牧民が、紀元前2000年頃に中部イタリアに侵入し、ラテン人と自称した事が発祥。建国当初(紀元前753年~紀元前509年)は王政だったが、紀元前509年から共和制になる。

民主と独裁のバランスを取った事が有名で、執政官は必ず二名いて300名の元老院議員の傀儡だったが、非常時には一名の独裁官を任命した。

貴族と平民に分かれているが、紀元前494年の平民放棄を契機に、護民官や平民会の設置が認められた。紀元前287年のホルテンシウス法(平民会の決定は元老院の承認を必要としない)でローマ民主制の完成とする。

市民皆兵による士気の高い軍隊を持ったローマは、紀元前272年にはイタリア半島を統一する。しかし、領土拡張は、安価な奴隷を大量に使用した大農経営を普及させ、自営農を中心とする平民達の生活が破綻する。

<グラックス兄弟の改革>
兄(ティベリウス)は紀元前133年、弟(ガイウス)が紀元前123年~紀元前121年に護民官になり、大土地所有を500ユゲラ(約125ha)以内に制限し、没落民に土地を再分配しようとした。内乱の一世紀(紀元前121年~紀元前27年)の原因となる。

市民皆兵が崩壊したローマでは、富裕層が没落民を雇う傭兵軍団を組織するようになる。傭兵軍団維持には資金が必要であり、財源確保のために戦争をし続ける。内乱の一世紀にも関わらず、地中海はローマに統一された。

⇒中央(元老院)が統治能力を失い、地方に軍団が割拠する

ローマは、カエサル、オクタヴィアヌスによってローマ帝国(共和精神を基盤とした帝政)として再編される。しかし、決定的な貧富の差は解消されずに、キリスト教が蔓延し、ローマ精神が損なわれる。

9年のトイトブルクの森の戦いの大敗でローマは膨張政策を止めるが、大農経営等は新しく供給される奴隷を前提にしていたため、その収益で支えられる軍団も打撃を受け、各地の軍団が皇帝を僭称する軍人皇帝時代となる。

そして376年にゲルマン民族がローマ領内に押し寄せた事で、ローマ崩壊は決定的となった。

歴史法則01:
バランスが取れた体制が安定の秘訣。一つの理想に偏重した組織は適応力に欠ける

歴史法則02:
バランスを失った時、為政者に富や権利を再分配する柔軟性があれば国家を再建出来る

歴史法則03:
組織の安定は対外膨張を促す

歴史法則04:
急激な変化は組織を破壊する

歴史法則05:
殷富は富の偏在を促し、富の偏在は秩序を破壊する

歴史法則06:
自己修正能力を失った組織は崩壊するが、その前に「変質」という段階を経る

歴史法則07:
旧秩序の破壊者は葬られる

歴史法則08:
新秩序の開拓者を葬っても、新秩序を葬る事は出来ず、別の者に継承される

歴史法則09:
国家が崩壊過程にある時は新興宗教が跋扈する事が多い(人は絶望すると妄想に救いを求める)

歴史法則10:
領土拡大が臨界点に達した時に崩壊が始まる

第2章 中華帝国
春秋戦国時代の中国は、鉄器段階における統治システムを模索する段階にあった。法家の政治理念に基づいた秦が中国を統一する。
秦は破壊者としてカエサルのように短期間で抹殺され、漢が継承者となる。漢は、郡県制が根付いた旧秦領は郡県制とし、東部は封建制を採用する郡国制の国となる(その後、理由を付けて改易していく)。

第七代 武帝の頃には先帝から受け継いだ領土を二倍にするが、国家は破産寸前となり、増税を行う。

<王莽>
漢の皇帝から禅譲される形で国号を「新」と改める。周制を採用するも、儒教政策(井田制等)が時代に合わず、赤眉の乱、緑林の乱等で失脚する

漢王朝が復興した後漢は、200年12代の皇帝の中で、成人後に即位した皇帝は初代 光武帝と二代 明帝のみ。外戚と宦官の勢力争いが発生した。

以下のパターン。

①戦乱の時代によって国土が荒廃
②統一王朝が生れ、社会が安定し、生産力が向上
③人口が増えて農地が足りなくなり、対外膨張戦争が発生
④戦費調達のための増税で国民が窮乏し混乱が発生

歴代王朝は、安上りな兵農一致を基本とするが、大帝国となるに従って兵士の負担が大きくなるため、傭兵制に移行する。唐でも府兵制が慕兵制(傭兵制)に移行し、安史の乱(節度使の反乱)の原因となる。

唐滅亡後の五代十国時代は、ローマ史の軍人皇帝時代と似ているとする。そのため、宋では君主独裁体制によって軍を弱体化させるようになる。

<宋以後>
唐と宋を隔てて中国史は転換した。それまでの戦乱時代と統一王朝の繰り返しのパターンから、漢民族と異民族の王朝の繰り返しのパターンとなる。

帝都も長安周辺(周:鎬京、秦:咸陽、前漢:長安、隋:大興、唐:長安)を原則として偶に洛陽(後漢、西晋、北魏)だったのが、北京(元、明:三代目以降、中華民国:軍閥政府、中華人民共和国)を原則とし偶に南京(明:初代と二代、中華民国:国民政府)というパターンになる

唐以前に中国に建国した北方民族は、浸透王朝(文化も漢化)だが、宋以降は征服王朝(自民族の文化を棄てない)となる。遼がモンゴル人と漢人に対して二重統治体制を採用したのと同じ流れになっていく。

<中華思想崩壊>
阿片戦争敗北により、中華システムへの信望が揺らいだ事が、1912年の帝政終了に繋がるとする。著者は、中国では民主制が合わない民族性として中華思想と帝国によって反映するとしている。

歴史法則11:
大きな時代の転換期には過渡期が必要となる

歴史法則12:
安易に増税する政府はほどなく滅びる

歴史法則13:
限度を超えた増税は国家寿命を縮める

歴史法則14:
法は万能でない。万能として国家運営を図ると混乱を招く

歴史法則15:
真の悪党は善人面をしている

歴史法則16:
国の成立・発展の礎となったものが、国の衰退・滅亡の原因となる

歴史法則17:
歴史の流れに逆らう者は、歴史によって屠られる

歴史法則18:
権力は必ず腐敗する。防ぐ手立ては存在しない

歴史法則19:
歴史は繰り返す(秦漢の関係は、隋唐の関係と似ている)

秦は統一後15年で滅び、隋は30年も保たない。漢は400年、唐が300年継続したのとは対照的。漢が簒奪王朝である新を挟んで、前漢200年、後漢200年に分かれるのと同じように、唐も則天武后が周(690年~705年)の挟んで、前半100年と後半200年に分かれる。簒奪者は両方とも外戚系で周に憧憬の念を抱き、簒奪王朝は15年で滅んでいる。

歴史法則20:
荒廃の時代は人口増加が国家を安定させるが、安定の時代は増え過ぎた人口が国を亡ぼす

歴史法則21:
経済大国は身を護るために軍事大国とならざるを得ないが、軍事費が財政を蝕む

歴史法則22:
外交において弱腰を見せると付け込まれる

歴史法則23:
混迷の時代には英雄が現れて平和の時代に導き、平和な時代には奸賊が現れて混迷の時代に導く。優秀な人は才で戦うが、無能は裏工作で戦う

第3章 イスラーム帝国
アケメネス朝ペルシア帝国の旧領は、7世紀までは西半分をビザンツ帝国、東半分をサーサーン朝が支配し、覇権を争っていた。アラビア半島は辺境であったが、二大帝国の争いを避けた迂回交易路が形成され、貧富の差が生じていた。さらに、ピザンツ・サーサーン戦争は同族内の抗争という政治的問題も生じさせた。

それらの問題を解消する手段としてイスラム教が誕生。創始者のムハンマドは神の言葉を伝える預言者として強い軍隊の組織に成功。貧富の差は喜捨の制度で再分配を計る事で解決を目指す。

<正統カリフ時代>
マハンマドの死後、各地に起った反乱がイスラム教団を結束させたが、半島統一のための軍隊を維持するために二代目カリフ(ムハンマドの後継者)のウマールの代からアラビア半島の外へ膨張戦争を始める。

イスラム帝国は、イスラム信者には救貧税(ザカート)等の軽い税を課し、異教徒にはジズヤ、ハラージュ等の税金を取る税制を採用していたが、イスラムへの改宗者が増えると税収が減っていった。

ウマイヤ朝は、改宗者にも課税したが、これは神を前に信者が平等というイスラーム精神に悖るため反発される。アッバース家はシーア派と協力してウマイヤ朝を倒す(750年頃)と、税制改革として土地税を全ての土地所有者に課した。土地所有者は改宗者ばかりなので、実際にはアラブ人を優遇したとする。

やがてトルコ人傭兵が採用されるようになり、オスマン帝国に繋がっていく。オスマン帝国は1299年から600年に渡って君臨し、その要因を以下とする。

①イェニチェリ(奴隷兵士)
②改革
オルハン1世(1324年~1360年)は、君主を頂点とし、行政、軍事、司法の三権を設置。キリスト教世界に対応した統治として、イスラーム圏のアナトリア半島にはアナドル州、キリスト教圏のバルカン半島にはルメリ州を設置
③異民族でも宰相になれる統治

やがて、社会が硬直化し、西欧文明の制度全般を導入出来ずに滅びる。

歴史法則24:
次世代の光は辺境より現れる

歴史法則25:
偉大な指導者による政権は、指導者を失った時に崩壊の危機に陥る

歴史法則26:
名君によって建てられた政権は短命。凡君によって建てられた政権は長命

歴史法則27:
内なる崩壊は外からの圧力によって止まる

歴史法則28:
国内矛盾を対外膨張戦争で押さえ込んだ国は、常に膨張し続ける事を余儀なくされる

歴史法則29:
自国防衛を外民族に委ねる国は亡びる

歴史法則30:
平和が社会を腐敗させ、繁栄が混乱と衰退を招き寄せる

歴史法則31:
素晴らしい思想でも必ず古くなる

第4章 大英帝国
イスラームの包囲態勢を打破する努力が、結果的に欧州を近代化させた。

大英帝国は産業革命を独占した事で繁栄を築いた。英国は機械の輸出や技術者の海外渡航を禁止(1774年)していたが、1830年代に産業革命が完成期に入ると、1825年、1843年と禁止令を段階的に解禁し、他国にも産業革命が拡がった。

1840年代~1850年代に産業革命段階に入った米国とドイツでは、「重くて熱量の低い石炭」から「軽くて熱量の多い石油」への転換が図られ、汽車よりも効率の良い自動車が発明された。化学工業も発達し、天然資源を産する地域を植民地にする動機が生じる。

英国では第二次産業革命への対応が遅れ、利権を守る事が難しく世界大戦を経て没落していく。

世界大戦は国民軍による戦争であるため、国王のためでなく、「自国民の生活を守る正義」のために戦う総力戦を挑む事になり、闘いの規模が激化した。

第二次世界大戦後は世界のルールが変わっており、1882年~1922年まで英国の植民地だったエジプトは、親英王朝(1922年~1953年)を樹立していたが、1952年のエジプト革命で滅亡。1856年にスエズ運河の所有を巡って戦争になる。軍事力では英仏がエジ
プト軍に勝利するものの、国際世論はエジプトの敵となり英仏は撤退を余儀なくされる。

武力でなく世論が重要視される時代で、欧州は衰勢の一途を辿る。

歴史法則32:
利点と欠点は表裏一体

歴史法則33:
崩壊の原因は絶頂の只中で生まれる

第5章 アメリカ合衆国
著者は、米国人の原体験をインディアンを蛮族として植民者個人が銃を持って敵対しながら生きてきた事とする。

アメリカ独立戦争は、1689年のウィリアム王戦争から、アン女王戦争、ジョージ王戦争、フレンチ&インディアン戦争という植民地獲得戦争による戦費を砂糖法(1764年)、印紙法(1765年)で植民地からの課税で賄おうとした事に起因する。

1777年に可決された米国最初の憲法は中央政府の権力が弱く、1786年にマサチューセッツ州で勃発したシェイズの乱に対応出来なかった事から、連合規約修正と偽って代議士を集め、中央集権の新憲法を制定した。

当時はフランス革命の混乱があり、他国が米国に介入する事が少なかった。1803年にはナポレオンのフランスからミシシッピ以西のルイジアナを購入。

<英米戦争>
1807年にナポレオンの大陸封鎖に対抗するため、英国は自由拿捕令を発布。1812年から反発した米国が英国と交戦状態になる。対英戦線では危機的状態だったが、インディアンとの戦争では絶滅作戦で目的を達した。この戦争を通じて英国経済への依存体制から脱却する。

1816年には一般関税法によって英国からの輸入品に関税をかけ自国産業を保護しようとする。英国は米国南部から輸入していた綿花に、報復として高関税をかけ南部の大農主が打撃を被る。

これが南北戦争に繋がり、米国が建国してから21世紀に至るまでの対外戦争の死者は60万人程度だが、南北戦争の死者は65万人を超える。

南北戦争後は大陸横断鉄道が貫通し、19世紀後半から20世紀初頭に4000万人が米国に移住(全欧州の人口が4億人程度だった時代)。

貧富の格差も生じ、1891年には農民達の利害を代弁する人民党が生れたが、民主党に政策を横取りされ吸収される。しかし、貧富の差を完全には克服出来ず膨張政策を採用していく。

第一次世界大戦後のパリ講和会議では、米国ウィルソン大統領の「14ヶ条の平和原則」が提示される。

①秘密外交の禁止
②公海の自由
③関税障壁の撤廃
④軍備縮小
⑤植民地問題の公正なる解決
⑥~⑬欧州における民族自決
⑭国際平和機構の設立

⇒米国の基準を世界に適用させる主張と言える

第一次世界大戦によって英仏に莫大な債権を持った米国は好景気となり、1920年代には世界の金の約40%、自動車の80%を保持する国となる。

そして、第二次世界大戦が終わると、以下の前提条件が変わる。

①軍隊
白人列強のみが国民国家と産業革命に支えられた近代的軍隊を持つ
②情報
マスコミが発達し、情報を握り潰す事が出来なくなった
③迷妄
白人の軍隊は無敵という信仰の崩壊

ヴェトナム戦争において敗退した米国は、外敵を設定して内なる分解を抑えようとするが、延命措置でしかない。著者は米国一驚時代が終了し多極化する混迷混乱時代が始まると予想している。

歴史法則34:
内乱や改革は外科手術であり、成功すれば健康になるが、失敗すれば死ぬ

歴史法則35:
歴史は勝者によって紡がれるため、悪は全て敗者に押し付けられる

歴史法則36:
全ての時代は、その時代毎の前提条件に支えられて成立しているため、条件が変われば時代も変わる

歴史法則37:
国家の特性が、時代の特性と符号した国でなければ、その時代の覇者とはなれない

歴史法則38:
不敗は権威を育み、権威は支配を容易にする。しかし、一度でも傷ついた権威は元に戻らない

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