闘争の思考

読んだ本の感想。

市田良彦著。1993年6月15日初版第一刷発行。



難しい本だった。内容は整理出来なかったが、一応は書いておく。

『速度と政治』(P.ヴィリリオ)の影響?

<国家と戦争>
戦争は発生してはならないとされるが、自己保存のために自身の権利を譲渡した人間が、死ぬ可能性が高い対外戦争に動員される事に矛盾がある。

恒常的戦争:
国家の現在を構成し続ける戦争。国家的公共性の母胎となる。共同体を構成する方法。大規模な戦争を発生させないための予防的措置も考えられる。

近代は普遍的権利というものを想定する。人間が社会状態に入った時に、互いの利益のために社会契約を結び、自然的権利が発生する。しかし、現実には国境が存在し、国の内部と外部では権利に相違が生じる。

安全の保証には、当時主体とは切り離された客観的第三者が必要であるが、国家間の関係には裁判官が存在しない。国家の富が国内部から発生すると仮定した場合、戦争は浪費であるし、略奪を想定すると富は外部から到来する事になる。

さらに、国境内部から外部を考えた場合、富を奪いに来る第三者が存在する危険地帯とも解釈される。

<毛沢東の戦争>
戦争が終わった時に共産主義は堕落すると考える。人民の代表が所有権を代理行使するのが共産主義ならば、配分が流動的となり、常に代理権を奪い合う事になる。

ヘーゲルの戦争:
戦争に価値があるとしても、敗北しては意味が無い。そのディレンマを解消するには、自分が賭けないで観戦者に徹し、賭けの反復を想定する統計学者になる。誰かが勝つはずであり、勝者が世界精神を体現する。賭けの外に身を置けば、勝利と敗北の矛盾から解放される。

対して、毛沢東は当事者になる事で矛盾から逃れたとする。抽象的な思考から具体的な思考に進む内に、矛盾は武器になる。「強い敵」という矛盾に対しては、戦略的防御を使用する。

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