海岸線の歴史

読んだ本の感想。

松本健一著。2009年5月8日 初版第一刷発行。



以下の三つの論点

①地形は人間の活動によっても変化する
②土地の経済的価値は社会変化によっても変わる
③経済以外の土地の価値

古代都市トロイアは、建設された頃の紀元前3000年~紀元前2500年頃はダーダネルス海峡に面していた。しかし、紀元前1800年~紀元前1275年頃には海岸線から3㎞~4㎞ほど内陸となり、現在では港の面影が無い。日本でも大浦や大津浜、大湊等の、かつては貿易港だったが、内陸の小さな川や漁港となってしまった土地が多くある。

人為的条件によって土地の価値が変わった例としては香港がある。1840年頃の人口は2000人程度だったが、2000年現在では800万人である。かつての沿岸交易では喫水の浅い船のために、外海の大波が入れない浅海が港として使用されたが、外洋交易が盛んになると、水深の深い港が活用されるようになる。

瀬戸内海の「鞆の浦」は、江戸時代までは海上交通の要所として潮待ち、風待ちに利用されたが、大型船が停泊出来ないために現在では小さな漁港になっている。鞆とは、外海から荒波が入り込まない湊口が狭い入り江の意。

日本の外洋交易港である長崎、横浜、函館、神戸も深い水深の港である。水深があって岸壁の切り立った湾は、そのままでは荷下ろしに不便なため、海岸部分を埋め立てる事になる。

<日本の海岸線>
日本は約3万5000㎞という長い海岸線を持つ。国土面積が25倍ある米国の1.5倍、26倍の中国の2.5倍。海岸線という言葉自体が、江戸中期以前には遡れない言葉で、西洋のコーストラインの翻訳語かもしれない。それまでは渚や汀という言葉が使用され、漁撈の場という感覚だった?

太平洋の荒波のために、近代以前の日本は日本海側の海上交通が発達。灘(舟が辿り着けない地)という地名は、日本海側では玄界灘以外に無い。それでも、国土の70%程度が山地であるために、海上交通が発達した。

また、凹凸に富んだ海岸線であるために、緩やかな曲線を中心とする中国の海岸と比較して、海洋生物を生む岩礁が多い。

<洋船と和船>
江戸期までの日本の船は、中央に帆を立てた椀型で、波の上に浮いて沿岸をつたって移動した。欧州の船は外洋の波を横切るため、中央に竜骨を備え、波を切る構造になっている。船内に波が入らないように甲板があり、水の中に入る船腹を大きくする。和帆船は水深5m~6mで十分だが、喫水の深い洋帆船は水深10m以上を必要とした。

和船の特徴は、瀬戸内海の浅海に適している。

<日本の歴史>
①古代
筏状の船に帆を立てて海岸沿いの浅海を走り、浅い湊についたと思われる。出雲大社や平戸島の志々伎が奈良や京都の朝廷と直接的に繋がっていた記述が日本書紀等にあり、港の重要性が伺える。

②中世
後醍醐天皇の隠岐の島脱出に村上水軍が関わっていた事等から、中世の幕府権力は水上まで支配していなかったと思われる。この頃から漁撈の場だった海岸を、交易を盛んにする地域権力が出現したのかもしれない。

③江戸時代
防風林として植えられた松から白砂青松の風景が形成される。新田開発が盛んにならなければ、潮風に強い松を海岸に植樹する行為は無かった。

米栽培以外にも、四木三草(桑、茶、漆、楮、綿、麻、藍)の栽培が奨励され、それらを港に運ぶ海上交通が盛んになった。織豊時代に1600万人程度だった人口が2600万人~3000万人程度になる。

④明治維新以後
近代日本の四大工業地帯は、京浜(横浜)、名古屋(名古屋、四日市)、阪神(神戸)、北九州(博多、門司)と近代的港湾とセットになっている。外国の資源を運び入れ、加工し、海に運び出す行為。

<江戸中期、寛政(1789年~1800年)の三奇人>
①林小平:「海国兵談」を著す
②蒲生君平:「山稜志」を著す。天皇関係の御陵を調べ直す
③高山彦九郎:内陸の上州出身。尊王を訴えた

1785年を初版とする「海国兵談」ではカムチャッカからの黒船が記述されている。国内交易のためだけに港を考えた時代から、国家の防衛を意識する時代。その危機に対処する意識から「海国兵談」は出版され、「日本」という国を明確化しなければ、防衛目的が定まらないとした。守るべきものを明確にする意識が、やがては国体や天皇という問題意識に繋がっていく。

そして、海国であり長大な海岸線を持つ日本の防衛方法は、大陸国家のように海岸線に砲台を並べるのでなく、船に大銃を備えるべきとした。

<日本的意識の変化>
近代の都市生活では海を意識する事は少ない。第二次世界大戦後は防波のために海岸が埋め立てられため、海辺の光景(安岡章太郎)、青幻記(一色次郎)、潮騒(三島由紀夫)のように海辺を描いた文学も少なくなっている。

1965年に発表された幻花(梅崎春生)は戦争中の海岸を描いているが、2000年頃に出版された海辺のカフカ(村上春樹)では海辺の光景は描かれていない。

高度経済成長を期に日本人は海岸を喪失したのかもしれない。著者は、経済的価値以外に、日本人的心性として、海岸を復活させたいのか?

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