日本人と中国人

読んだ本の感想。

イザヤ・ベンダソン著。平成17年2月10日 初版第1刷発行。



難しい本だった。

明治維新が中国化革命であり、思想としての「中国」を絶対化するがために、理想通りでない現実の中国を憎むようになるという主張?それと第二次世界大戦中の日本感情的行動との結びつきが良く分からない。

<日中戦争における謎>
1937年のトラウトマン駐支独大使による和平斡旋により、蒋介石が①満州国承認②日支防共協定締結③排日行為の停止等の日本側の主張を受諾したにも関わらず、日本軍による南京城総攻撃が開始された事。

日本軍の決定には、決断した者が存在せず、市民感情によって攻撃が行われたとする。

〇江戸時代の中国思想流行
江戸時代に日本に亡命した朱瞬水によって、中国思想が伝播した。楠木正成の神格化は、江戸時代に発生したとする。楠木正成の墓碑である湊川の碑は1692年の建碑とされるが、裏面の文章は朱瞬水の作とされる。

1687年に出版された『靖献遺言』は、中国思想の殉教者の記録である。それまで日本には殉教者を尊ぶ気風は存在せず、中華的殉教者として楠木正成が再構築された可能性。

輸入された中国史王に基づいて過去を再評価すると、僅かな例外を除いて全員が不忠者になってしまい、過去が基本的に否定されてしまう。明治維新後の日本でも、摂関政治や武家政治は誤りであるという思想と、世界に冠たる日本史という思想が併存していた。

日本は歴史的に中国の周縁であり続け、中国文化否定は自己否定であり、中国に対抗するには中国の文化形態を移入して、それによって対抗する形を取る。現実の中国と、理念の「中国」を分離し、歴史的所産を伝統として客体化して対処する。

この場合、異民族が中国を政治的に支配しても、文化的支配権を入手したとは言えない。この思想を日本に当て嵌めると、天皇家が「中国」で幕府が「夷」という図式になり、尊王攘夷運動に繋がっていく。

<豊臣秀吉の話>
豊臣秀吉は、天下人となった後も、諸侯は建前としては先輩や同盟者であり、純然たる部下として遇する事が不可能だった。そのため、天皇への忠誠という形で自己の統治権を確立した。

諸侯に対して、天皇への起請文を出させ、天皇から任じられた関白に従うという形式で諸侯の誇りを傷つけずに自らに服従させる。室町時代の復古思想 = 古代は平和であったという古代礼賛感情を天皇に集約させた。

************

豊臣秀頼の朝鮮征伐は、織田信長の踏襲と思われる。1580年に織田信長は朝鮮仲介で明国に、日中貿易再開を申し入れている。①対明貿易再開②朝鮮貿易船数増加③船の大きさを制限しない④薺浦の開港等で、織田信長の意図は朝鮮との貿易活発化にあったと思われる。

豊臣秀吉の残した『箱屋文書』では、朝鮮と九州・四国を同列に置いている。四国に進攻して長曾我部を討って元親を降伏させた後に、土佐一国を与えて、朝鮮征伐の先鋒にする。降伏させた敵を次戦の先鋒にする方式で東アジアを処理出来ると考えていた。

さらに天皇家を北京に移す思想からは、中国を本家と見做す思想が伺える。だから明国から豊臣秀吉を見ると、日本が中華の属国である事を自認している人間に見える。

だから和平交渉時に「爾を日本国王に封じる」とする。しかし、豊臣秀吉は天皇家の権威によって自らを正統化していたため、中国の権威も同時に持ち目る事が出来なかった。武家というよりは天皇の権威に依存する公家の立場。

<崇拝と蔑視の逆転>
1829年に出版された『日本外史』(頼山陽)は、ベストセラーだった。皇国史観の民衆的要約であり、軍人勅諭にも影響したとする。

江戸時代の思想の系譜として、本居宣長が日本史の観点から中国思想の権威を否定していくと、その論理を活用して平田篤胤が中国思想を罵倒していく。

平田篤胤は、中国という絶対の権威と、その象徴である儒者の偶像を民衆の側から破壊した偶像破壊者だった。しかし、平田篤胤自身に独創的思想が無いために、その壊された後の社会に『日本外史』が広まっていく。

外国を権威として尺度とし、その尺度で自己の歴史を計ると自己のほとんどは賊となる。しかし、理念化、体系化、図式化した尺度で本家の外国を見ると、外国も基準から外れているために、今度は自己こそが本家となってしまう。

平田篤胤は、中国の基準にかなう例外的日本人を「全日本人」とし、それを基準にして中国を計るから、孔子という例外以外は全中国人が賊になってしまう。

日本の天皇制においても、「内なる天皇」と現実の天皇を同一視した場合、天皇に任命された政府が奸となってしまう。その理由は、明治維新以来の欧化政策である。天皇を西欧の法的基準で定義する天皇機関説は、尊皇思想と対立するが、その場合、尊皇思想が天皇自身を規定する絶対者となる。

何者も自らの思想の合理性を完全には論証出来ない。権威を借用して追随するのみ。外部の絶対者のイメージを自己と一体化し、一体化したと思い込めない限り精神的に安定しない。

このように「内なる中国」を絶対化し、「外なる中国」を排除した事が、日中戦争継続の理由?この論理が良く分からない。「蒋介石を相手とせず」という日本政府の声明は、「蒋介石が日本の内なる中国に適合するイメージを更新する」なら受容するという事?

当時の日本人は、自らの「内なる中国」が尊皇思想の帰結によるイメージであり、「外なる中国」とは別だという事が理解出来ず、他国という意識が無いままに現実の中国を排除したとする。

中国が自らのイメージ通りに行動しないと取引が成立しない。

人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ABCDEFG

Author:ABCDEFG
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード