日本史の謎は「地形」で解ける【文明・文化編】

読んだ本の感想。

竹村公太郎著。2014年2月19日 第1版第1刷。



第1章 なぜ日本は欧米列国の植民地にならなかったか①
日本列島の無資源。広大な土地も奴隷にする人々も少ない。災害も多い(日米和親条約が結ばれた1854年に安政伊賀地震、安政東海地震、安政南海地震発生)。

さらに日本列島の70%は山々であり、湿地も多く騎馬によって一気に制圧する事が困難。

第2章 なぜ日本は欧米列国の植民地にならなかったか②
植民地化の原則である分割統治が行われない。封建制から呆気なく中央集権制に移行。

1872年に新橋~横浜間で蒸気機関車が稼働する等、交通インフラが整備された事が大きい。それから30年余りで鉄道は7000㎞に達した。

第3章 日本人の平均寿命をV字回復させたのは誰か
近代水道の役割。

明治末期から大正10年頃にかけて平均寿命が低下傾向にあるが、1921年の42.7歳から反転し、乳児死亡数も減少している(1921年に年間33万人)。

大正10年(1921年)は、東京市で水道の塩素殺菌が開始された年だった。日露戦争における毒ガス用に液体塩素が製造され、大正9年に東京市長だった後藤新平によって民生に転換されたらしい。

第4章 なぜ家康は「利根川」を東に曲げたか
利根川東遷:
南下して東京湾に流れ下っていた利根川の流路を東の銚子に付け替えた。

埼玉、茨城、千葉の県境にある関宿を防衛上の脅威(北関東と房総半島がつながる)とし、上総が占拠されて江戸湾の制海権を奪取される可能性に備えた?銚子沖で南からの黒潮と北からの親潮がぶつかるため、房総半島以北では太平洋に流される可能性があり、船は房総半島(館山、富浦、上総湊、君津、木更津、柚ヶ浦)で下りて陸路を使う。

1590年代に整備された小名川、新川は悪天候でも船橋に到達出来る軍用水路であり、北関東と房総半島が陸続きになっている関宿に堀を作って利根川を流れ込ませる事で防衛線とする。それが開墾以外の利根川東遷の仮説とする。

第5章 なぜ江戸は世界最大の都市になれたか①
参勤交代によって地方の物資や金銀が集まった。

第6章 なぜ江戸は世界最大の都市になれたか②
森林資源確保。

利根川や荒川流域の他に、船を使用して全国から木材を運搬した。

第7章 なぜ江戸は世界最大の都市になれたか③
江戸幕府は、日本列島の主だった流域の上流域を天領として森林を抑えた。

しかし、森林伐採は激しく、1700年頃に天竜川から供給された木材は年間33万本だったが、1720年には23万本になり、1750年には4万本になり、1770年には1万本以下になって途絶している。

日本の開国は森林資源を使い切ったタイミングでの化石エネルギーへの転換を促したかもしれない。



第8章 貧しい横浜村がなぜ、近代日本の表玄関になれたか
1859年に日本初の国際港となった横浜は、1889年には人口12万人の市になっている。

大河川が付近に無いために水確保が課題で、1887年に相模川からの導水工事が成功している。それまでは二ヶ領用水(多摩川農水)を利用?

第9章 「弥生時代」のない北海道でいかにして
    稲作が可能になったか

各種の工事。

蛇行する石狩川を直線にする工事は1918年に開始され、全長360㎞だった石狩川は268㎞まで短縮された。増水時に水が一気に海に流れるようになった。

さらに石狩川の川底が流下能力上昇によって下がり、石狩平野の地下水が下がった。寒冷地の北海道では植物が分解されずに炭化した状態で堆積して泥炭層となる。

農作土を他から搬入しても、水分を多く含む泥炭層によって農作土が腐食してしまう。そのため、地下水を下げたとする。

著者は、平均気温が4°~5°上昇した状態では北海道は現在の東北の気温になるため、穀倉地帯として期待出来るとしている。

第10章 上野の西郷隆盛像はなぜ「あの場所」に建てられたか
戊辰戦争における彰義隊との戦いで、黒門と山王台は激戦地で、慰霊の場となる。西郷像の背後には彰義隊の墓がある。普段着の西郷像は平和を象徴するらしい。

第11章 信長が天下統一目前までいけた本当の理由とは何か
弱者であったために、他者の思い付かない作戦(桶狭間の特攻や長篠の合戦での馬防等)を思い付いたとする。

第12章 「小型化」が日本人の得意技になったのはなぜか
山々に囲まれて遠くを見渡せない日本人は情報好きで旅行を好んだため、荷物の小型化に拘ったとする。



第13章 日本の将棋はなぜ「持駒」を使えるようになったか
インドの盤上ゲーム、多と蘭画の伝播の波。

第一の波:
インドから東南アジア、中国、アラブ等。日本到着は6世紀頃。タイのマックルックで「歩の成り」という改良が為される。日本で駒が立像から平型になり、漢字表記となって、五角形の駒の尖った先が進む方向を示すようになる。

立像から平型への転換は日本人の小型化志向によって持ち運び易くするためと推察。旅行途中で使用するのであれば、勝負を速くつけ易くするために持駒を使用するようになる?

世界のチェス系では、第二、第三の波で駒の働きを強くする改良が行われているが日本では受け付けていない。



第14章 なぜ日本の国旗は「太陽」の図柄になったか
月と星の国旗を持つ国々は熱帯か亜熱帯に位置しているとする。そうした熱い地域では、昼間は最小限の働きをして、夜間に活動する。

日本では冬があり、太陽の下で活動する風がある。

第15章 なぜ日本人は「もったいない」と思うか
移動する民族は最小限を携帯し、不都合になった物は捨てる。分断された日本列島では、その土地にある物を全て有用資源にするので不要な物が少ない。

第16章 日本文明は生き残れるか
1898年に来日したグラハム・ベルは、日本の水資源を活かすべしと言った?著者は、既存ダムの運用を変更するだけで多くのエネルギーを生み出せると主張する。

第17章 【番外編】ピラミッドはなぜ建設されたか①
ピラミッドはナイル川西岸にのみある。発見されただけでも80基あり、山岳地形の東岸には無い。

著者は、ピラミッドの役割を「からみ」と推察する。

筑後川下流部でも1000年前から確認される工法で、干潟に何本から丸太を打ち込み、木の蔓等を巻き付けると、潮の満ち引き時に、その周辺で潮の流れが緩やかになって土が沈殿する。その土を固めて堤防として活用する。

ピラミッドも同じ活用をされたのではないか。



第18章 【番外編】ピラミッドはなぜ建設されたか②
ギザ台地の三大ピラミッドの役割を、ナイル川河口の干潟における目印と推測する。

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