奴隷のしつけ方

読んだ本の感想。

マスクス・シドニウス・ファルクス著。ジェリー・トナー解説。
2015年6月12日 第一刷発行。



ケンブリッジ大学の古典学研究者が古代ローマ人(1世紀~2世紀)を想定して、古代の奴隷について書いている。待遇や値段、仕事や罰等。

読んでいてい感じたのは、当たり前の古代を書く事の困難。歴史書に記録されるのは非常識な事件ばかりだから、当たり前の日常に関する記録は少ない。そのため、非常識の記録から、それが非常識とされる常識を探っていく事になる。

例えば、四世紀ローマの歴史家アンミアヌス・マルケリヌスは、著作で奴隷を持たない民族(アラン族)の存在を聞いて仰天している。奴隷はそれくらい当たり前の存在だった。ただし、ローマでは奴隷は一時的な状態で、条件が整えばローマ市民になる事も出来たらしい。

1世紀頃のローマ人口を6000万人~7000万人とすると、1/8は奴隷で、イタリア半島居住者の1/3~1/4は奴隷という推計がある。

共和制ローマにおいては、兵役の義務から一般農民が農地を離れる事が多く、その間に富裕層が所有地を広げる事があった。富裕層は兵役に駆り出されない奴隷を労働力として好んで使用し、奴隷を繁殖させて自らの勢力を拡大した。

その結果、イタリア半島の自由人の人口が少なくなり、自由民の農地維持や職業軍人の活用等が解決策とされた。

<奴隷の値段>
一般的な奴隷の値段を知る事は難しい。

マルクス・アントニウスが美しい双子の奴隷に20万セステルティウス支払った逸話があるが、それは異常な事件だから記録されたのであり、日常ではない(一家四人の年間生活費を1000セステルティウスと推定)。

また、大カトは、60ヘクタールのオリーブ畑で13人の奴隷、25ヘクタールの葡萄畑で15人の奴隷が必要としている。

<奴隷使用に関する哲学>
古代ローマ上流階級はストア哲学の影響により、奴隷所有者は奴隷の身体を所有しているが、精神は所有していないとしていた?セネカは、奴隷も適正で公正な扱いを受けるべきとしていた。

ただし、その思想が普及していたかは別問題で、ハドリアヌス帝(在位117年~138年)が、癇癪を起して奴隷の目をペンで突いた逸話がある(異例だから記録された)。

一方で古代ギリシアでは奴隷は劣った存在であり、アリストテレスも非ギリシア人は奴隷として処遇すべきとしていた?解放奴隷が市民になる事もあり得ない。

キリスト教における奴隷の状態も古代ローマと大きな違いは無く、312年にコンスタンティヌス帝(在位306年~337年)がキリスト教に改宗しても、家族をばらばらに売る事を禁じ、奴隷の顔に烙印を押す事や、売春の強要を禁じたくらい。

キリスト教の立場から奴隷制を批判する文書は、4世紀後半のニュッサのグレゴリオスが最古?

◎サトゥルナリア祭
12月17日から、何日間か男女が逆の服を着用し、奴隷が王を装う。万民が平等だった農神サトゥルナリアが支配した黄金時代を祝う祭りとする。

小プリニウスは、奴隷の楽しみを邪魔しないために自室に引き籠ったとある。

著者は、古代ローマが奴隷所有者と奴隷の階級闘争に満ちていたというのは誤りで、大規模な抵抗や深刻な問題は少なかったとする。

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