数学でつまづくのはなぜか

読んだ本の感想。

小島寛之著。2008年1月20日第一刷発行。



第1章 代数でのつまづき
<負の数>
マイナスの理解について。

著者は「方向算」と「単位算」によるマイナスの理解を推奨する?気球の上下に例えると、マイナスの掛け算を以下のように理解出来る。

(+3)×(+5):時速3㎞で上昇する気球の5時間後の位置
(-3)×(+5):時速3㎞で下昇する気球の5時間後の位置
(-3)×(-5):時速3㎞で下昇する気球の5時間前の位置

⇒マイナスにマイナスをかけるとプラスになる事を説明可能

<文字式>
文字式が理解出来ない人間は、「書き方の約束」を知らない事がある。

「3X-X=3」としてしまい、「3X-X=2X」と出来ない。

文字式の本質的役割は、「無限個の具体例を一つの式で表現出来る事」にある。と定義する事で、全ての(具体的な数の全て)に当て嵌まる等式を表現可能。「3X-X=3」では、Xに1や2等の具体数を代入出来ない。

文字式によって以下の手順を理解可能。

①3桁の数を指定する
②上記①で指定した3桁の数を繋げた6桁にする
③上記②の6桁の数を7で割る
④上記③で得られた商を11で割る
⑤上記④で得られた商を13で割ると、上記①の数に戻る

最初の3桁の数を257とすると、以下のようになり、理解出来ない。

①257
②257257
③257257 / 7 = 36751
④36751 / 11 = 3341
⑤3341 / 13 =257

しかし、上記①~⑤を文字式で表現すると以下のように出来る。

①指定する3桁の数をXとする
②1000X + X = 1001X
③1001X / 7 =143X
④143X / 11 = 13X
⑤13X / 13 = X

文字式によって具体数を抽象化する事で、全ての数に当て嵌まる普遍的な法則を理解出来る。だから、「3X-X=2X」となる。

<2次の代数>
2次代数の難しさは、比例的感覚が通用しない事にある。2の2乗に3の2乗を足すと、2と3の合計値の2乗にならない。

著者は、2次方程式の二つの原理を以下とする。

①2次式は1次式掛ける1次式と因数分解可能
②二数を掛けて0になるなら、すくなくともどちらかは0である

文字式での2次代数を象徴するのは、(a + b)の2乗であるが、この計算の結果はaの2乗とbの2乗の他に、2abという意外な項が出現する。

著者は、2abを体感するために、「十円玉Aをはじいて、止まっている十円玉Bに衝突させる」という事を数学的に表現する。

以下の変数。

V:最初にはじかれた十円玉Aの速度
a:はじかれた十円玉Aの衝突後の速度
b:止まっていた十円玉Bの衝突後の速度

物理における二つの原理では以下の通り。文字式でも表現する。

①二つの十円玉の速度合計は衝突前後で変化しない
a + b = V

②二つの十円玉の速度の2乗の合計は衝突前後で変化しない
aの2乗 + bの2乗 = Vの2乗

(a + b)の2乗は、Vの2乗と等しい。上記②から、Vの2乗はaの2乗とbの2乗の合計なので、(a + b)の2乗の結果として出現する2abは0という事になる。つまり、aかbの少なくとも一方は0だ。

つまり、十円玉Aと十円玉Bは両方とも止まっているか、どちらか片方だけが動いている事になる。

⇒物理現象を数式で表現する試み

第2章 幾何でのつまづき
幾何教育における証明の困難は、図で見て当たり前の事を数式で表現する必要性を理解させる事だとする。

ギリシャ文明以前のエジプト等の幾何学では、図形の法則(三角形の内角和は180度等)を「事実」として、その理由には興味が無かった。

ギリシャ文明では、図形の法則を相互に関連付け、根拠付ける事に興味を持った。簡単な幾何の法則を出発点に、複雑な事象を説明する。公理(少数の法則)から論理的に、定理(論理によって証明された法則)を積み上げる事で、具体的に検証せずとも論理的に正しい事を証明する。

こうした「公理系」の方法論が後代の数学の基本的型となる。

公理系における論証では、定理を証明する時に、それ以前に得られていない法則を利用しない。しかし、人間は幾何(実際に生活している空間を対象にする)では、経験的に知っている事(2点の最短距離は直線等)が多いため、その知識が邪魔になる。

<MIUゲーム>
公理系理解のためのゲーム。

「M」、「I」、「U」、「ミュー語」の4つの語がある。

以下の5つの公理が提示される。

公理①MIはミュー語である
公理②ミュー語の最後がIであれば、
   その後にUを付加した語もミュー語
   (M~I ⇒ M~IU)
公理③Mから始まるミュー語であれば、M以外の部分と
   同じ語句を後ろに繋げてもミュー語になる
   (M~ ⇒ M~~)
公理④ミュー語にIIIが含まれていたら、IIIをUに置換可能
   (MIII ⇒ MU)
公理⑤ミュー語にUUが含まれていれば、削除可能
   (MUU ⇒ M)

上記の公理から、MIUという語句がミュー語であるか判断すると、上記①と②からミュー語であると証明可能。証明の結果、MIUはミュー語であるという定理が手に入った事になり、他の語句の判断に使用出来る。

このように公理系とは、定まった公理から出発し、新しい定理を入手するシステムである。

<ゲーデルの不完全性定理>
上記のMIUゲームからゲーデルの不完全性定理を理解する。

ゲーデルの不完全性定理:
公理系内部の論理では、命題を証明する事も否定する事も出来ない。

MIUゲームの公理系では、「MUはミュー語でない」という命題を証明不可能。

MIUゲームで最初に与えられるMIという文字からMUを作る事は出来ない。公理②~公理⑤のどの公理を使用する場合でも、使用前のミュー語に含まれるIの個数が3の倍数でないなら、使用後に出来たIの個数も3の倍数にならない事が確認可能。

よって、MIから出発すると、Iの個数が0(3の倍数)であるMUに辿り着く事が出来ない。

「3の倍数」というミュー語とは無関係の整数論上の論理を導入しなければ、「MUはミュー語でない」を証明出来ない。

第3章 解析学でのつまづき
関数(一つの量Xを別の量Yに変化する機能を表現する)は、17世紀頃の数学者ライプニッツによって命名された。

ライプニッツが作った関数記号f(x)は関数を区別するラベルであり、「f」は規則を表し、xとして何かが入力されると、xに対して規則に定められたyを出力する。

中学生が関数を習う時、座標平面でのグラフと関係付けるが、座標平面のグラフは関数よりも先に、17世紀の数学者デカルトとフェルマーによって完成された。

その結果、代数計算の結果を線分の長さとして表現する事が可能になり、幾何学での図形の性質を、代数計算に置き換える事が可能になった。

以下の小説では、主人公が蝉の声をカウントし、気温を計算するエピソードがあるらしい。関数の応用例。



<微分>
関数の発見は、17世紀のニュートンとライプニッツによる微積分の発見と対になる。複雑な関数を一次関数で局所的に近似する方法。

関数の極大値や極小値を簡単に求める手法。極大値(極小値)とは、その近くの範囲で最大(最小)になっている値。

S(a) = (10X - Xの2乗)について考えるとする。Xの2乗を最大化する値をaとすると、Xをaから少し(超微小量e)だけ変化させると、あまりに変化値が小さいため、関数値は変化しない。

そのため、S(a) - S(a + e) = 0となる。eは超微小量なので、無視しても影響が無いとすると、-10 + 2a = 0という式になり、a = 5になる。

超微小量eという不思議な数を仮定しつつも、正しく極大値や極小値を求める事が出来る。

19世紀の数学者コーシーは、超微小量の代わりに、極限(限り無く近付くが到達しない)という概念を導入し、これが現在の標準となっている。

この章はとても難しかった。

以下は、「やるおで学ぶ微分積分 」へのリンク。

http://yaruomatome.blog10.fc2.com/blog-entry-371.html

第4章 自然数でのつまづき
数を唱える事と、数を理解する事はイコールで無い。

集合と写像を応用すると、「三匹の猫」、「三個の林檎」、「三本の鉛筆」に共通する性質としての3がある。数という抽象概念を理解するために、具体性から離脱して抽象化する。

第5章 数と無限の深淵
自然数や文字式、論理を数学で形式化困難な理由は、それが人間の脳内に本来的に備わり、客観視する事が難しいためである。その背景には無限を理解する事の困難がある。

この章も難しかった。フォン・ノイマンの超限順序数等。無限を一つの実体として、計算の対象とするらしい。

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