一般システム思考入門

読んだ本の感想。

ジェラルド・M・ワインバーグ著。1979年6月20日 第1刷発行。



何年かかけて読む本。内容はあまり分からなかったけど、一応書いておく。しばらくしたらまた読むと思う。

第1章 問題
大量の情報を処理するためのシステム的思考について。

要素数が増える事による計算費用増大は顕著であり、省略をしない場合、計算量は方程式数の2乗以上の速さで増加する。そのため、力学等では、特定の相互作用のみを重要として残りは捨象する。

天文学では、太陽系にて一つの物体(太陽)の質量が他よりも遥かに大きいためにその前提が通用する。さらに、各々の惑星と太陽の関係を他の関係性と切り離す事で問題を分割する事が出来る。

大数の法則:
母集団が少数である時は正確な因果関係を測定可能であるが、そうでない時は確率的に平均を求める。個々の相違はランダムと仮定する。

中枢の法則:
少数と大数の間を考える。大きな変動や不規則性、理論との不一致が発生する。

⇒現実に遭遇する問題の多くは、力学的システムや統計学的システムでは把握出来ない

⇒一般システム運動は法則を見い出す事で、中数システムを考える道具となる事を目指す

第2章 アプローチ
有機体論:
複雑なシステムを、生物体の知識からの類推によって理解しようとする。

⇒類似物の実際の知識に欠ける欠点がある

機械論:
全ての現象は物理や化学の単純な事実に還元可能とする。

全てのモデルは、理解したい事を、既に理解していると思っている別の事象によって説明しようとする。それ以上問題にしなくて良いと思える単純な事実に辿り着くまで考察は続けられる。原始宗教では全ては精霊によって説明され、西欧宗教では全ては一つの神によって説明される。しかし、科学者は全てを一つによって説明出来るとしたら、それは何も説明していないと考える。

⇒一神教や生気説(生命力による説明)は、それ以上何も考えないという宣言である

特定の思考の正誤は問題で無い。人間の思考が如何に為されるかが重要である。社会で王となるのは、優れた思考体系を持つ者でなく、内部システムに習熟した者である。

一般システム思考は、見知らぬパラダイムに遭遇した場合、自分の知っているパラダイムの一般化レベルを高くして、未知の問題に適応出来るようにする。この時、特定のパラダイムがより優れていると思ってはならない。

完璧な理解が得られる保障があるアプローチは存在しない。間違う可能性を受容して細部を無視し、概略だけから法則を適応する必要がある。

自分の知っている法則を未知の法則に適応する事は、学習の手間を省いてくれる。

第3章 システムと錯覚
システムとは視点、観点である。

異なるシステムを持つ者には、現実は違って見える(錯覚の問題)。観測者に依存しない真実は存在しない。知覚手段に依存しない外界の存在を信じる事は、ヒューリスティック(発見のための精神的道具)である。

例として、自動車会社の目的を自動車を生産するためとする。これは絶対的目的であり、説得力がある。しかし、相対的に考えると屑鉄業者から見ると自動車会社は鉄屑を生み出すために存在し、株主から見ると利潤を生み出す機構である。

絶対的思考は単純化であり、一定の状況、一定の目的では役立つものであるが、全ての状況には対応出来ない。人間は伝統的観点に従っており、それが上手くいっている場合にはそのまま継続していく。

だから、機械に明示的規則を教える場合、意外な欠陥を見つける事がある。

①Time flis like an arrow(光陰矢の如し)

②Fruit flies like a banana(果物蠅はバナナを好む)

③Time races like a timekeeper
(記録係のようにレースタイムを取れ)

⇒上記の文章は似た構造であるが、機械には区別が困難。人間は意味論的な解釈で結論に飛躍している

観測とはある集合から観測者が特定要素を選び取る行為である。観測者は、可能な観測種類と、各種類において選択出来る範囲から特徴付けられ、可能な観測の組み合わせを全て集めた集合を積集合とする。

仮に全てを観測出来る超観測者を価値した場合、その能力は大変なものとなるため、非現実的な仮定である。

第4章 観測結果の解釈
観測結果の解釈に関する話。

ミュージックボックスの製作者と観測者を仮定する。

観測者はミュージックボックスの音と、箱の上で点滅する光を観測し、そこにパターンを見い出す。一方で、製作者は箱の上で点滅する光を安全装置としてミュージックボックスとは関係無いと見做し、光を無視したパターンを想定する。

製作者は、ミュージックボックスの目的を理解しているので、観測者ほど状態を細かく観測しない。ある程度まで知力は観測力不足を補う事が出来る。過大な観測は不十分な一般化の原因になる。

もちろん理論は完全に観測を代替する事は出来ない。以下は理論の誤り。

①不完全性の誤り
考慮すべき要素を省略してしまう。
②補完性の誤り
観測者の限られた能力の介在。

第5章 観測結果の分解
観測者の知的限界への対処。

第4章のミュージックボックスの例では、音と光に観測グループを分解する事で、音が4パターンで光が6パターンとすると、音と光を全て網羅した20の組み合わせを、9の組み合わせに整理出来るとする。

こうした観測には、観測者が「色」や「音階」の概念を理解している事が重要であり、同様にエントロピーや密度、原子価、周波数等の共通概念が使用される。

差別原理:
法則は用いるシンボルの特定の選択に依存すべきでないが、いつも依存している。

このように専門化が進むと、異なった分野の理解が困難になる。詩人は比喩から初めて恋と薔薇の類似性を描くが、科学者は完全な認識から始めて単純化して他に結び付け、周知と仮定する。

〇境界
比喩 = 科学の根底にある概念に、ある部分は他から分離出来るというものがある。それは境界という概念と結び付く。外と内を区別出来るという確信。

内側をシステム、外側を環境とすると、その判定は極めて困難である。人体を例にすると、皮膚が境界線とすると肺の中にある空気は人体でなくなる。さらに毛髪は、人体の外部として微量元素を体外に押し出す排泄物と考えた方が機能を理解し易い。

システム思考では境界を接触面として理解する。

〇不変性原理
性質について、保存する変換と、保存しない変換が存在する。チョコレートを二つに割っても性質は変化しないが、西瓜を二つに割れば性質は変化するかもしれない。

人間は不変を観測する事で変化を理解するし、変換されたものによって不変性を理解する。

この章は難しかった。再度、時間をおいて読んでみる。

第6章 行動の記述
シミュレーションについて。

前章までのブラックボックス敵見方では、システム内部がを外部からの観測によって理解されるが、ホワイトボックスでは内部を定義していく。

しかし、シミュレーションに用いる機械が適切に機能しない可能性もある。機械はプログラムに対して環境であり、誤りが機械にあるかプログラムにあるか判別が不可能な場合がある。

観測によって得られた制約は、それがシステムに帰するか、環境に帰するか確定出来ない(モルヒネ注射を、身体のどこに注射しても痛み止めの効果があると知らなかった初期の医者の例)。

物理学等の実験では、問題を簡単にするために理想的な孤立系を作ろうとする。あるシステムが孤立系でありランダムであるとすれば、外側からの入力を探さなくて済む。

孤立的なシステムを仮定し、平均的な行動や例外的だが重要な行動を見い出そうとする傾向は、開放的システムにおける行動を固定的にするために抽象化しようとする傾向と似ており、行動を一つの行動に還元しようとする。

そのようにして予測と観測が簡単に行えるようにしようとする。

第7章 システムの問題点
今までの章の結論として、観測者は、観測対象と観測方法を混同する状況に巻き込まれている。

以下が、システムの三大問題。

①今、見ているものが見えるのは何故か
②何故、変化しないのか
③何故、変化するのか

安定性とは一定範囲内での変化を意味する。システムの受容可能行動と、環境の期待行動の集合。

システムが継続する事とは、アイデンティティを持つ事であり、自らを認識する主体が存在する事である。そして、同一対象に関する共通概念を皆が認識している事でもある。

人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ABCDEFG

Author:ABCDEFG
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード