善人の独裁者

インターネット上の掲示板からのコピペ。

人間は「理論」に支配されている。

少数者は、失敗から成功を生み出す。大半の人間は成功体験の反復しか出来ない。成功体験の反復 = 理論に従う事。失敗から成功を生み出す = 新理論創出。

以下の混合で社会が成立すると仮定。

多数派:前例主義的で失敗する挑戦はしない
少数派:仮説を立て試行錯誤を繰り返して前例を覆す

⇒少数派の試行錯誤によって、新しい理論が出来る

⇒前例が上手くいかない混乱期に少数派が機能する

それだから、基本的に少数派は独裁者として行動する。多数派には少数派が理解出来ないからだ。

異なる思想が存在し、どちらも他方を許さない場合、どちらかの思想を許す施策をした独裁者は必ず別の思想から見て善人にならない。よって、独裁者が善人を目指すなら全員を同じ主義思想としなくてはならない。

理論には、極端に単純であるために、個人や組織の行動に関する理解を歪めてしまうという批判がある。

以下のように、単純過ぎる事による欠陥。

物理モデルを現実世界に適用する場合を考えると、建築物を設計する時には、重力や運動量等の理想論的な法則を基準にするが、実際には摩擦や抵抗等の複雑な計算もしなければならない。社会モデルでは、人間の感情的行動がそれにあたる。

「善」を観測事実によって得られる「其処にある」ものと定義すると、人間の感情や思い込みは関係無い。しかし、人間は『感情』に支配されている。それなのに、『感情』に支配されている自覚が無い。

<ローマ崩壊について>
ローマ崩壊の原因は、領土拡張限界に到達した事。ローマは帝政・共和制問わず、根本にあるのは、奴隷や他の土地からの収奪であり、奴隷に出来る人間、収奪可能な土地が無くなった時点で、ローマの衰退・崩壊は始まった。聖書、黙示録に描かれた巨大な蝗の群とは、ローマの事である。

共和制だったローマが領土拡大して、元老院議員の数が増加し、諸所の問題に対して、国が決定を下すのに時間がかかり非効率になった。

そこで、カエサルが皇帝による独裁制を打ち出す。カエサルは殺され、彼の後継者アウグストゥスが、第一人者として共和制としての建前を守りながら、実質的な独裁制を打ち立てる事になる。

独裁制は、複雑化に対処する手段。独裁者待望論は、多くの人間が複雑を単独者に丸投げしたいと望む事から始まる。その意味でカエサルは大衆の贄にされたと言える。

ローマは、カエサルの築いた基礎によって拡張を続けたが、新たな拡張限界に到達し、収奪が不可能になった時、ローマの衰退が再度始まる事になる。

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上記のような領土拡張を求める理論的限界を、経済的理論は克服した。

国民総生産という架空概念増大を国力増大とする事で、領土拡張のインセンティブを低下させたのだ。

経済学モデルの変遷において、ケインズ経済学は、1960年代~1970年代に最も有力な経済の理論的枠組みだった。インフレ発生によって信用を失った後も一定の影響力を保持している。様々な消費、投資、政府支出を「C」、「I」、「G」という文字で単純化するケインズ経済学はGNP計算法の発展と上手く適合した。

国民総生産は、国民全体の消費量と一致するのだから、国力は人口に比例すると考える。人口を増やすためには、出生率を安定させ、貧富の格差を消失を主張するようになる。平等になった方が人口は増加して国力が増す

以下の3つ以外では、国民総生産は増加しない。

①人口動態
②可処分所得の増加
③生産性の改善

中間層消滅と貧富の格差拡大は、国民総生産増加にとっての脅威である。人口と国民総生産が比例する以上、弱者を切り捨てると、国力が低下する事になる。

<ナポレオンについて>
ローマ帝国と同様の事象が近世フランスにおいて発生したとも思われる。

19世紀のフランス国民は民主的国民投票の結果、賛成多数でナポレオンを『皇帝』にした。ナポレオンは独裁者となり、六つの警察組織を創設した(①フーシェ直轄、②警察庁、③憲兵、④皇帝直轄の警察、⑤外務省の警察、⑥大蔵省の警察)。フランスにおける自由はアンシャンレジーム体制下より制限され、フランスはナポレオン戦争で人口の一割に当たる300万人の人間を喪ったが、これは民主的に皇帝となったナポレオンがフランスに齎したものである。

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結局、独裁者は大衆の生贄なのだ。

独裁者に人間の心は要求されない。小競り合いを配置してガス抜きし被害拡大防止を要求される。憎まれる事が支配者の責任であり、その責任を放棄して政府という共同体を作り、弱者に弱者を支配させるのが民主主義なのだから、強者再来を願う人々は必ず現れる。

民主政治では、市民が政治に参加してるという事実だけで支配者層は既得権利を有したまま責任を取らない。資産家は支配はするけど責任は負わない。 資産家には資産家で守るものがあり、それが少ない弱者は資産家からは保身に走る卑怯者となる。

それらの不満を解消するには、生贄となる支配者が必要だ。

<ユーロ崩壊について>
欧州の経済統合を促したのは、多様性低下により、諸国間の紛争を鎮静化させられるという論理だった。さらに、統合による経済規模拡大によって経済成長を予想していた。

ユーロ導入後のリスクは各国間で同等という錯覚により、全ての国で低金利が継続した結果、バブルが発生したとする。2016年現在で各国の金利格差が復活した状況は、米国各州の金利が分散しているのと同じで、むしろ健全を担保している。

現在の欧州を批判する意見として、「加盟国間での資金移転を実現する財政連合不在」を指摘する意見がある。不況下の国は、経済状態の良い国から資金を移転される事により均衡が回復すると主張。
この意見は中央集権化を志向するものであるが、それでは米国等が大規模な財政再配分を実施せずに経済的繁栄を継続した理由を説明出来ない。

以下は、国家組織が共同体を統合する方法を、介入度が低い順に並べたもの。

①貿易:共通市場
②金融:共通通貨
③労働:国民の共同体内での移住の自由
④規制:規制の整合化
⑤金融:個人資産を中央組織が保障
⑥財政:税率や財政支出の決定等

欧州連合と通常国家の相違点は、上記⑤の金融である。北海道民の銀行口座が、北海道庁による資産没収や債務不履行に脅かされる事は無いが、ギリシアの住民の銀行口座は同じように保障されない。

⇒欧州連合加盟国が、自国民の金融資産を没収する権限を保持している事が混乱の原因となっている?

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欧州に関しては、さらに文化的問題も絡む。トルコは、ケマル・アタテュルクにより世俗化する事で近代化に成功した。しかし、どれだけ、トルコが欧米化、近代化、工業化を進めても、トルコはイスラムを捨てられないし、完全に欧米人にもなれない。トルコはトルコであり、欧米人、白人にはなれない。

群衆と個人は別の感性を持つ別の生き物であり、個人の意思や理解を超えた複雑を持つのかもしれない。群衆にとっての善行は個人である善人には絶対に受け入れられない悪行であるから善人は自分の善を押し通そうとした時点で群衆に殺される。

ソヴィエト連邦のスターリンは国内で大虐殺を行ったが、ドイツに戦争で勝利し、ソヴィエト連邦を超大国にもした。つまり、国体を守って国を発展させた善でもある。

トルコには、それと同等の複雑があるのかもしれない。

群衆の願いを叶えるには、弱者を切り捨てなければならない。弱者を助けると、それが特権となり社会が破綻する。破綻を防ぐには弱者を切り捨てるしかない。指導者の仕事は利益調整だから、全員を幸福には出来ない。

人間は相対的にしか己を評価出来ないから、自分と他人を比較し、必ず不公平感が生まれる。全ての人々の希望を叶える事は出来ないから、誰から見たら悪となる。

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