賢い事による傲慢

高い知能を持つ事により、残酷になる可能性について。

「高知能」 = 「パターン認識能力が高い」と定義する。

すると、知能が高い場合、物事から一定の法則を見い出そうとする傾向が強まるはず。そして、一定のルールに従う共同体を構築する事を目指し、また、規則を遵守しようとするはず。

人間社会を一定のパターンを持つシステムとして定義すると、社会階層を意識する事に繋がる。そこでは、他者を自分よりも下位にする事により、相対的に自分の地位を向上させる事が出来る。

高知能者?の意識する社会では、人間が部品として活用されており、人間を製造する「学校」が必要となる。取り換え可能な部品となるためには、文字の読み書きや四則演算可能な能力を持ち、何よりも周囲に違和感を与えてはならない。

さらに、2行目で定義した「高知能」を前提に考えると、システム化しようとする欲求は、客観視への欲求に繋がる。客観的であるためには、自らが当事者にならず、批判されない = 安全な立場にいなければならない。

それは必然的に自分より下位の存在、若しくは自分を攻撃しない者を対象にする事になる。彼等は自分よりも強く、自分を攻撃出来る存在を思考対象に出来ない。

閉鎖的であり、且つ、序列が維持された共同体を望む。外部からの侵入者は定められたパターンを乱す侵略者であるし、秩序を維持するためには下位者を攻撃し、自分の能力を確認しなくてはならない。

パターンを認識する能力が高い場合、差異を見付け出す事にも長けるはず。不愉快な存在について、その存在に特有の差異を主張し、それを迫害の理由として主張する。自らにも当て嵌まる事であれば、安心して批判材料に出来ない。

弱い存在について、「自分達はあいつとは違う」と思わせる事が出来れば、仲間を作るれる。それは社会階層を形成する事にもつながるし、一つのシステムを作る事である。

******************

「本音で話す」、「自分は言いたい事をはっきり言う」と自称する人間について不思議に思う事がある。そうした人達は、残忍な人間ではなく、融和的な人間を攻撃対象にする。甘い事を主張する人間がいるからこそ、残忍な人間が存在するという理屈になる。

彼等の主張は、攻撃的であるようでいて、本当には闘争を望んでいない。秩序を乱す存在との対決を、融和を主張する存在との対決にすり替えている。

そのように感じる。

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