鍼や灸が利く理由/生贄の記録

インターネット上の記事からのコピペとか。

<自分内部の不自由>

人間は手足等の身体表面から情報を摂取している。

足の裏に内臓に直結するツボが沢山ある理由は、簡単に触れられない内臓の遠隔スイッチを、簡単に触れられる身体表面に置くためと思われる。

人類史のほとんどの期間において、人間は裸足で凸凹した地面の上を移動していたはず。

眠っていた人間が目覚め、大地に足をついて歩き始める。すると、足の裏の遠隔スイッチが自動的に押され、内臓に信号が行って「活動モード」に入る。また、内臓に異常が起きた時は遠隔スイッチにアラームがつき、対応する遠隔スイッチを押すと弱った臓器の新陳代謝を活発にする信号を送る事になる。

動物は、このように身体表面から接触という形で「情報」を食べているらしい。

「随意性」という観点から考えると、例えば食べる時、食物を口に入れる、食物を噛む、というところまではほぼ100%随意的(意図的)に操作可能(錐体路系の支配)。

しかし、食べ物を嚥下した後は、喉を食物が落ちて行く過程も、食道や胃の運動も操作不可能になる。食べるのと逆、排泄を考えても同様。排泄行為自体は体が自動的に行う。直腸等は身体内で自治を獲得している。

意識操作を超えた体のオートノミ―、自律システムは「錐体外路系」と呼ばれ、「反射的」に意図を超えた身体操作が行われる。

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<自分外部の不自由>

以下は、「日本書紀の読み方」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2549.html

物語を構成するためには悪役 = 生贄を作り出さなくてはならない。

日本神話におけるスサノオは、そのために作り出された神とする。原初の日本神話は、太陽神と月神の2つの神の物語であり、追放される悪役としてのスサノオを後から追加した可能性。

根拠?として、日本神話における三貴子(天照、月読、素戔嗚)の内、天照(太陽神)はイザナギが白銅鏡を左手に持った時(左眼を洗った時)に生まれ、月読(月神)はイザナギが白銅鏡を右手に持った時(右眼を洗った時)に生まれているが、スサノオはイザナギが首をめぐらした時(鼻を洗った時)に生まれている。

スサノオの誕生譚のみ不自然であり、後世の改竄の可能性があるとする。

そうまでしてスサノオを生み出さなくてはならない理由は、天照大神を追い詰め、天の岩戸に隠れされ、世の混乱状態を引き起こす事により、天皇家の始祖である天照大神の重要性を説く事にあるとする。

神を追い詰めるのだから、神と同様の強さを持つ悪を用意しなければならない。

おそらくスサノオの存在は、日本古代に実在した生贄(追放された者)に由来している。

ハツクニシラス王(初代の王)とされる崇神天皇の名は、ミマキイリヒコイニエ。最後のイニエを贄とする解釈もある。天照大神を祭る伊勢神宮の創始は、崇神天皇の次の垂仁天皇の時代に行われている。

日本書紀では、崇神五年に疫病が蔓延し、それは倭国の神 大物主神を敬わぬためと崇神天皇は夢で知る。そこで、大物主神の息子である太田田根子に大物主神を祭らせたとする。

その機会に他の神々も祭り、各地に天社、地社、神地、神戸を設定すると、疫病が収まったとしている。

⇒多分、隠された物語がある。生贄を必要とした物語?

贄を捧げなければならないとする意識操作は、意図を超えたものであり、人間の不自由を証明しているのかもしれない。

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