敵が欲しい

インターネット上の掲示板からのコピペとか。

敵が欲しい。

何か殴って這いつくばらせたい。明確な目標、象徴、具体物、何でも良いから戦う相手が欲しい。

人間社会を動かすのは、そうした論理だ。変化の原動力。

その結果として、現代社会では保守と革新の逆転が生じている。

かつての革新 = 先進的な思想 = 「国際的」、「身分差別反対」等は保守になっている。それらは一昔前は、既存社会の変革を促すものであり、変化を望む多くの若者が賛成した。

労働者の権利や基本的人権、女性の参政権、法的に人種差別を否定する社会はそのようにして構築された。

しかし、かつての若者は老人となり、飽和した革新は保守になっている。一昔前の保守的意見こそが、既存社会に変化を作り出す先進的思想になっている。

かつての革新は、築き上げた既得権を維持するために標榜されるようになっている。僅か数十年で逆転現象が生じたのだ。

人間は根本的には変化しないとする思想は、それ自体が変化を生み出す原動力になる。変化出来ない事を仮定すると、原点を想定するしかなくなり、どの時点を本来の姿とするかで意見は相違する。

**************

争う事や戦う事について考えている。

フィクションである小説には一定の型がある。異なる作家が書いた作品であっても、定められたパターンを踏襲しているように感じる。

戦う事が物語を終わらせるために必要とされる場合がある。誰か敵を用意し、敵と戦い、敵を追放する事で物語が終わる。戦わなければ、作者が物語を終わらせる事が出来ない。

その根底にあるものは何か?

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