世界を理解する?

ずっと考えていた事について。

同じ事を繰り返し書いているが上手く書けない。

僕の思想や行動は、理解出来ない何かによって規定されている。

以下は、「帝国の構造」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2478.html

「日本」という国家が、7世紀頃に律令制を施行し、それが1000年以上継続し、明治維新が律令制国家回復を目指す形式で実現した事について。

18世紀中頃までの日本人は、遥か太古に施行された法律に、それと知らずに規定されていた。

本質は、現代でも変わらないはず。日々の生活や考える事の範囲、常識や発想は認識出来ない何かによって規定されている。

それが分からないのは何故か?

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さらに、別の疑問。

何故、正義は変化するのか?

正義は存在する。正しい事があり、推奨される行動様式が存在する。間違っている事は悪であり、それは糾弾される。人間は正義に支配されている。正義の様式は場面毎に変化し、しかもそれに気付く人間は少ない。人間の記憶は、自分が一貫した正義に則て行動している事を前提として、瞬間毎に改竄される。

変化する正義と、改竄される記憶。それについてずっと考えている。

以下は、「エドワード・ルトワックの戦略論」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2501.html

戦略のレベルが複数存在する。

技術は戦術に包括され、戦術は作戦によって選択され、作戦は戦域に規定される。同様の事象は日常生活において発生している。

使用出来る技術には運用思想があり、定まった使用方法がある。そして、それは場面によって変化する。道具を使用する目的や根底にある思想は常識によって定義され、それは習慣付けられて昔から継続されているので敢えて目的を考える事が無いとする。

技術レベルに帰属している人間は、技術よりも上位である戦略や戦域、作戦に関わる発想を認識出来ないとしてみる。

冷戦期の西独が、ソヴィエト連邦の核攻撃を防ぐために一部地域を非核攻撃に対して脆弱にしていたとする。それは戦略的判断であるが、下位レベルに帰属していた人間はそれを知らなかったのではないか?

さらに上位の世界観等は人格の支配するところでなく、歴史的経緯によって培養されたものであるはずで、何かが下位を規定する?

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ならば、階層性を理解しなくてはならない。

世界を記述する方法としての曼荼羅であり、易であり、様々な文学作品としてみる。

抽象的でなく、具体的な方法論としてどのような様式があるのか?

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