楽しくわかるマンダラ世界

読んだ本の感想。

正木晃著。2007年7月17日 第1刷発行。



以下は、「know」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2457.html

第1章 マンダラとは何か
1 密教とは
曼荼羅は、密教僧が儀礼や瞑想修業をするために発明された宗教的装置。

密教における悟りは、宇宙(世界)と自己が本質的に同一であるという認識を体得する事。密教では、宇宙は(世界)は究極の仏である大日如来であるとする。宇宙(世界)が自己と同一とは、仏と自分が本質的に同一という認識になる。

曼荼羅は、仏から見た宇宙(世界)の縮図であるし、人間の心の構造図でもある。

密教:
選良にしか明かされない究極の教えの意図を含む。密教でない仏教は、「顕教」と呼んで区別する。

密教は大乗仏教(1世紀前後からインドで広まる)に含まれる。密教は大乗仏教の中で最も最後に登場し、5世紀頃から姿を現し、7世紀~10世紀頃に発展し、インドの仏教が滅亡する13世紀初頭頃まで活動した。

その後は活動拠点をチベットや日本に移している。

<密教登場の原因>
5世紀頃になると、西ローマ帝国滅亡等により、仏教のパトロンだった大商人達が衰え、仏教は経済的基盤を失って衰え始めた。都市に居住する知識階級を中心とする仏教は、農村を中心とするヒンドゥー教より不利になる。

以下の2つの方策。

①ヒンドゥー教の要素を取り込む
本来はヒンドゥー教の神である毘沙門天や吉祥天等を仏教に取り込む。「天」はサンスクリット語の「デーヴァ(男神)」、「デーヴィー(女神)」に由来する。

②ヒンドゥー教が到達していない領域に進出する
ヒンドゥー教より先行している視覚表現の領域 = 曼荼羅を描く。

密教以前の仏教は悟る方法を追及したが、密教は悟り以降も追求した。道果説として、悟りが完璧でなくても他者救済に邁進する方法。

密教では、如来には以下の種類がいる。

①法身
真理を身体とする仏(大日如来)。

②応身
法身が現実の歴史に現れた仏(釈迦如来)。

③報身
前世の誓願が報われた結果、如来となった仏(阿弥陀如来)。

④変化身
法身が様々な環境に合わせて出現したと見做される仏。

<密教史>
以下の段階。チベットの専門家は、下記②を「行タントラ」と「ヨーガタントラ」の2つに分けて四段階にしている。日本には中期密教までしか伝わっておらず、チベットが③を最高とするのに対し、日本は②を最高とする。

①初期密教(5世紀~6世紀):所作タントラ
呪術による現世利益。

②中期密教(6世紀~7世紀):行タントラ、ヨーガタントラ
悟りが中心課題になる。大日経(胎蔵曼荼羅の典拠)、金剛頂経(金剛界曼荼羅の典拠)、理趣経(煩悩や性行為による快楽も菩薩の境地とする)等の密教経典。空海等により日本にも伝わる。

③後期密教(8世紀~10世紀):無上ヨーガタントラ
密教の修行法として性行為を導入。
以下の三つに分類。
 ・父タントラ(性的要素が薄い)
 ・母タントラ(性的要素が濃い)
 ・双入不二タントラ(表現は激烈だが実践は殆んど無い)

性行為そのものを象徴として悟りを開くとし、チベットに伝えられる後期密教は禁欲的であるらしい。

2 マンダラとは
曼荼羅(マンダラ)とは、サンスクリット語の単語で「円」や「輪」を意味する。

以下の三つの要素。

①仏や神々、そのシンボルが配置されている
曼荼羅は聖なる存在から構成される。

②仏や神々の住む場所がある
聖なる存在が居住する家が必要。

③曼荼羅を見ている人間がいる
曼荼羅を見て瞑想等する人間がいて機能する。

他の特徴として、対称性が強い事がある。上下左右が対称になっている。

中期密教以降の曼荼羅では、中央には究極の仏である大日如来が本尊として坐し、周囲に多くの仏達がランク順に秩序正しく幾何学的に配置される。

最終期の曼荼羅は、宇宙全体が仏によって埋め尽くされている印象があるらしい。世界の森羅万象は仏の表れであり、この世に無意味は無いとする?

密教僧は、それを理解するために曼荼羅を前にして印(手の指を使用して、仏の姿を模倣した特定の形を作る)を結び、真言(秘密の聖なる言葉)を唱え、心に仏の姿を思い描くとする。心身に曼荼羅を移入し、自分自身が曼荼羅の本尊に変容した認識に到達する。

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<曼荼羅の原理>
仏教思想では、須弥山(メール山、スメール山、妙高山)を宇宙の中心軸とする。須弥山の上部には、様々な仏達が居住し、透き通った金剛籠(防御膜)で覆われている聖なる宮殿(球体)がある。

曼荼羅とは、この球体内部を透明の防御膜越しに上から見た時の平面図である。

あらゆる仏達が参集する聖なる空間なのだから、全てに規律と秩序があるはずで、それを視覚的に表現するために円輪と正方形を用いて対称性を強調する。

ただし、日本の曼荼羅はチベットやネパールのように最外周を円輪で囲まず、防御膜無しで外界に剥き出しになっている(開放系システム)。曼荼羅は唐時代の中国で最外周の円輪を失っている。

閉鎖系システムであれば、世界は限られた要素や原理によって構成されるため、特定要素や原理を把握出来れば世界の全ての構造を説明可能である。緻密な思考を維持可能。

しかし、開放系システムであれば、外部からの流入があるために要素や原理を限定出来ない。大局を説明するための「気」や「陰陽」等の曖昧な要素や原理を一つか二つ考え出すのが限界になる。

外部によって状況が変化するので、緻密な思考を維持するよりも、思考の組み替えが意味を持つ。

中国仏教や日本仏教では、一即多(一と多数に区別が無い)、煩悩即菩提(煩悩と悟りに違いが無い)、生死即涅槃(生死と悟りの境地に違いが無い)等の「即の論理」が好まれるが、インド仏教はこうした発想に否定的。

日本の宮曼荼羅では、自然の風景を背景に寺社を俯瞰図として描き、神仏を描き込んだものがあり、対称性が失われ、基本形も縦長になっている。

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<密教と曼荼羅>
密教の特徴は、神秘主義的、象徴主義的、儀礼主義的である事。神秘体験を重視し、象徴を沢山使用し、儀礼を盛んに行う。

⇒仏教では伝統的に最高真理は言葉では表現出来ないとするため、体験や象徴、儀礼を重視

象徴(シンボル):
具体的に把握出来ない対象と、似ていたり共通性があると認識している事物によって仮に表現する。

⇒曼荼羅とは、菩薩や神々をシンボルとして表現し、究極真理を開示する道具である

空海は、『請来目録』にて曼荼羅は文字で伝えられない情報を視覚にて瞬時に理解させる装置としている。

そして以下の四つの形式を紹介した。

①大曼荼羅
宇宙(世界)に展開されている普遍的形相を仏の図像を用いて表現。

②三昧耶曼荼羅
宇宙(世界)に展開されている特殊な形相を様々な仏を象徴する事物(蓮華や武具等)によって表現。

③法曼荼羅
宇宙の心理を言葉(梵字)を用いて表現。個々の仏を意味する文字を図の中に描く。

④羯磨曼荼羅
宇宙が止まる事無く縦横無尽に活動している事を表現する。

3 マンダラの歴史
7世紀頃の初期の曼荼羅は、携帯用祭壇のように、お盆の上に仏像や花を乗せたようなものだったらしい。

次の段階では、土の上に描かれ、儀礼や瞑想が終われば消去された。現在でも砂絵曼荼羅がある。

中期密教の金剛頂経では、曼荼羅は緻密になり、日本やチベットに現存する曼荼羅の主流になる。修行者は曼荼羅瞑想として、儀軌という手順に従い心中に曼荼羅を構築していく。

<曼荼羅瞑想の具体例>
金剛鉤という菩薩を瞑想する場合、金剛鉤のシンボルは鉤(かぎ)であるから、修行者は鉤を世界中から集め、自分が手中にしていると瞑想する。それが実感出来た瞬間に、鉤を自分の前の空間に差し出す。すると、金剛鉤が現れ、鉤を受け取り、曼荼羅の定められた場所に坐る。

尊格の産出として、中心に配置されている本尊から始め、中心から周辺に向かって様々な仏を産み出していく。

⇒このようにして構築された曼荼羅を絵として表現したのが、現代に残る曼荼羅とする

絵を書く時は、最初に曼荼羅の区画線に色を塗る。結界として外部から遮断し、邪悪が侵入出来なくする。それを中心から周辺に進める。さらに、本尊を示す円輪に色を塗り、周辺に進めていく。

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現在、チベットに残る曼荼羅の大半は8世紀以降の後期密教の曼荼羅である。日本の曼荼羅の最古は、9世紀初頭に描かれたもので、空海が唐から持ち帰った原本を忠実に模写したものと考えられる。

第2章 胎蔵マンダラ
1 大日経
本格的な曼荼羅は、大日経という密教経典に初めて描かれた(胎蔵曼荼羅)。

大日経(大毘盧遮那成仏神変加持経)は全部で7巻あり、6世紀~7世紀中頃に東インドのオリッサ地方で成立したらしい。日本密教では、漢訳本を善無畏(637年~735年)が口頭で翻訳し、弟子の一行(683年~727年)が書き留めたと伝えられる(唐朝の話)。

以下は、Wikipediaの「善無畏」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%96%84%E7%84%A1%E7%95%8F

善無畏と一行は、注釈書(大日経疏)も書いているが、大日経は金剛頂経ほどシステマティックでなく、インド密教においては金剛頂経が主流になっている。

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大日経(大毘盧遮那成仏神変加持経)の「大毘盧遮那成仏」とは、サンスクリット語のマハー・ヴァイローチャナ訳語で、密教の本尊である大日如来を示す。

大日経では、大日如来が弟子である執金剛秘密主(インドラ神が起源とされる)の質問に答えて真理を説く形をとる。一切智智(全ての智恵を統合する絶対的な智恵)を獲得する方法と理論的根拠が経典のテーマになる。

三句の法門:
悟りを求める心を行動の原因とし、大いなる慈悲を根本とし、実践に最高の価値をおく思想。それを実践すれば悟りを開けるとする。実践に価値をおく思想は、大日経が初めて提示した思想とする。利他行(他人の救済を最優先する)が欠かせない。

胎蔵:
大日経が説く宇宙観を「胎蔵」と呼ぶ。サンスクリット語のガルバ(子宮)を意味する言葉。大日如来は全ての事物の子宮であり、全てを含み育成する。

大日経が説く大日如来は胎蔵大日如来 = 理法身として、五大(地、水、火、風、空)は全て理法身の働きとする。

2 胎蔵マンダラ
大悲胎蔵生曼荼羅(大日如来の慈悲が女性の子宮のように菩提心 = 悟りを求める心を宿して成長させ、悟りに導く)という思想。

「胎蔵界曼荼羅」という表現は正しくない。「界」はサンスクリット語のダートゥの訳語で基盤や働きを意味し、金剛界の方に付く。天台密教が真言密教に対抗するために、「界」という表現を使用したとする。

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胎蔵曼荼羅は、世界の実相(本当の姿)を如実に描く。その視点は大日如来の視点である。

曼荼羅を構成している全てが大日如来であり、無限の差があっても本性は一つである。

<現図胎蔵曼荼羅>
慈悲と救済という宗教的観点。

上が東、下が西になる(上が北で下が南の地図とは異なる)。太陽が昇る東を尊ぶ。

初重、二重、三重の三層から構成されており(四重があるものもある)、十二大院として12の部分からなり、描かれる仏は390にもなる。

仏は全て女性を象徴する蓮華に坐る。以下の仏達は、大日如来がそれぞれの次元に応じて姿を変えたとする(理平等)。

大日如来:自生法身
中央に定印という瞑想を示す印を結びながら坐る。真理が活動する領域。

大日如来の周囲:受用身
東に宝幢如来、南に開敷華王如来、西に阿弥陀如来、北に天鼓雷音如来がおり、東南に普賢菩薩、西南に文殊菩薩、西北に観自在菩薩、東北に弥勒菩薩が坐す。法身が救済のために受用し易い身体で活動する領域。

⇒東西南北以外の如来達は修業中で、東西南北の如来と対応関係にある

宗教的覚醒:普賢菩薩 + 宝幢如来
宗教的実践:文殊菩薩 + 開敷華王如来
宗教的悟り:観自在菩薩 + 阿弥陀如来
宗教的理想:弥勒菩薩 + 天鼓雷音如来

⇒大日如来の智恵が現実に展開される様を表現する

初重:変化身
東に遍智院(普遍的な智恵)、西に持明院(慈悲と智恵の統合)、北に蓮華部院(慈悲)、南に金剛手院(理性的な智恵による具体化)。法身が様々な姿に変身して活動する領域。

二重:変化身
東に釈迦院(大日如来が釈迦牟尼に変身して真理を説く)、西に虚空蔵院(福徳の生産と分配)、北に地蔵院(観自在菩薩による地獄にいる者の救済)、南に除蓋障院。

三重:変化身
東に文殊院(智恵が現実の領域で働く)、西に蘇悉院(生者の現実的救済)。

⇒三重の外側の東西南北には、外金剛部院があり、ヒンドゥー教出身の仏教に帰依した神々がいる。等流身として、相手のレヴェルに合わせて活動する領域。

チベットの胎蔵曼荼羅は、外金剛部院を二重の西南北に配置している(大日経に忠実)。ヒンドゥー教出身の神を二重目に配置し、三重目の仏達に監視させているという説がある。

第3章 金剛界マンダラ
1 金剛頂経
金剛は、サンスクリット語のヴァジュラ = ダイアモンドの意味で、仏の真理の永遠不壊を象徴する。

金剛頂経には、サンスクリット語、チベット語、漢訳の三種類があり、原典は7世紀後半の南東インドで形成されたらしい。

金剛界:
金剛頂経が説く宇宙観を「金剛界」と呼ぶ。仏の永遠不壊の智恵の基盤。あらゆる事物の本性を見抜き、多種多様な存在の相違を正しく判別する。

大日如来は、無数の如来と伴に、色究竟天宮にいると設定する。物質界での最高の場所であり、精神界との接点。その時、歴史上の釈迦牟尼をモデルとする一切義成就菩薩という修業者が、悟りのために瞑想している。それを見た如来達が、五相成身観という悟る方法を教える。

そして、一切義成就菩薩は金剛界大日如来となる。そして、金剛界大曼荼羅を建立する。それが理想の領域と金剛頂経は語る。金剛頂経では、思想が徹底的に象徴化されているため、大日経の往心品のように思想を記述する部分が無い。

短い人生での成仏が可能となるには、無限に近い利他行の蓄積が必要(三劫成仏)。それは象徴の力によって可能とする。五相成身観に提示された五つの真言を唱えるという象徴的行為で利他行の集積を代替可能と主張した。

2 金剛界マンダラ
金剛界曼荼羅では西が上になる(大日経では東が上)。インドでは太陽の昇る東を尊び、大日経では東側に曼荼羅を描いて礼拝対象にしたが、金剛界曼荼羅では密教者が本尊そのものとなり、礼拝される側であるために西が上になったとする。

胎蔵曼荼羅が1種類しかないのと異なり、金剛界曼荼羅は28種類ある。ただし、日本の金剛界曼荼羅は1種類のみで、9種類の曼荼羅の集合体である(九会曼荼羅)。

以下の5つの智恵。

①法界体性智
普遍性と絶対性を持つ一切を知り尽くす智恵。

②大円鏡智
鏡が全てを正しく映すように、全ての対象を正しく映し出す働き。

③平等性智
差異の底にある平等性や共通性を知る。

④妙観察智
平等性や共通性の中にある差異を観察する。

⑤成所作智
物事を生成する。

第4章 両部不二
胎蔵と金剛界という宇宙観を、日本密教では同じ心理の二つの局面と解釈し、両部不二(二つで一つ)とする。

胎蔵が衆生(この世の現実)を象徴すると、金剛界は仏(衆生にとっても理想像)を象徴し、胎蔵が地水火風空(現実世界)を象徴すると、金剛界は意識(精神)を象徴する。

しかし、大日経と金剛頂経は全く別の系統の教典である。

チベット仏教では、段階を追って修業する大日経を行タントラに分類し、特定の秘密のことばを唱えれば瞬間的に悟れる金剛頂経をヨーガタントラに分類した。

両部不二は、日本の恵果(746年~805年)が主張した?空海が恵果から両部不二の思想を受け継いだという説?

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