「司馬法」「尉繚子」「李衛公問対」

読んだ本の感想。

守屋洋・守屋淳著。発行―1999年9月13日。



『司馬法』
「司馬」とは、古代中国にて軍政を司る官職の名称。斉の威王(在位:紀元前356年~紀元前320年)が古代からの司馬の兵法を整理したとされる(司馬穰苴の兵法)。当初155篇があったとされるが現代には5篇のみ伝わる。

第一 仁本篇
古王は仁義によって統治した。仁義で統治出来ない時に、戦いの中から生まれた権力を用いる。

以下は、古王の戦い。

礼:敗走する敵を百歩以上追撃しない等
仁:敵にも情けをかける
信:敵が陣列を整えてから戦う
義:大儀を重視売る
勇:降伏した敵を許す
智:戦いを終わらせる時を弁える

古代の聖王(堯、舜、禹)の時代は徳により戦いの必要が無かった。下って賢王の時代では統治のために礼楽や法律、制度が必要になり、軍事力を行使する必要が出てくる。さらに下って覇者の時代には、各国が共通の利害関係によって会盟するようになる。

第二 天子之義篇
政治の基本として以下を推奨。

①文徳(政治のルール)と武徳(軍事規範)を分ける
②功績を誇らない人物を重視
③武力を誇らない
④礼と仁を教化の基本とする

政治では「礼」を重視し、謙譲が美徳とされる。軍中では「法」が重視され、火急の時は長幼の序も無視される。

古代王朝における以下の違い。

舜:
徳による感化のため戦いの必要が無い。

夏:
軍中で誓いを立て、人民が戦うよう求めた。教化のため功績のある者を表彰。鉤車(大きな戦車)や上部を黒く染め人の姿を現した旗を使用。

殷:
軍門の外で誓いを立て、戦意を高揚。締め付けを厳しくするため罪人を罰した。寅車(機動力を重視した戦車)や白く染め天の義を現した旗を使用。

周:
戦いの直前に誓いを立てた。徳が衰えたため賞罰両方を利用。元戎(機能性を重視した戦車)や黄に染め地の道を現した戦車を使用。

第三 定爵篇
以下は、組織作りの基本。

①身分制度を明確にする
②賞罰の基準を明示する
③遊説の士による情報収集
④王の命令を繰り返し徹底する
⑤部下の意見に耳を傾ける
⑥有能な人材を登用する
⑦様々な意見を検討する
⑧疑問や疑惑を解消する

以下の5つに配慮する。

①天道
タイミングを見極める(亀甲による占い?)
②財政
敵地から物資を調達する
③兵士
進んで命令に従うようにする(衣食住を確保し十分な訓練を施す)
④地の利
険阻な地形に布陣する
⑤武器
長い武器によって短い武器を守り、短い武器で長い武器を掩護する。それにより長時間の戦闘が可能になる

軍は数が多いだけでなく必要な兵種を揃え、役割分担を明確にする事で統制が乱れないようにする。統制には仁(思いやり)が必要だが、仁だけでは破綻するので信(正確の奨励)も必要である。

第四 厳位篇
軍備のために以下を行う。

初期設定:
・階級を明確にする
・軍令を適用する
・士気を充実させる

事前準備:
・戦う意義の周知
・部隊編成
・隊列を定める

戦いの作法:
・立って進む時は頭を下げ、座って進む時は膝を使用
・兵士が敵を恐れるなら隊伍を密集させる
・敵が遠方にいる時は、敵場を観察させる
・鬨の声による恐怖心の払拭

⇒様々な細かい注意事項

勝心(勝とうとする気持ち)が勝ると敵を侮るようになり、恐怖心を抱くと怖気づくようになる。両者の利点を組み合わせるべき。兵種においても、身軽な軽装備の兵と強いが機動力に欠ける重装備の兵を組み合わせるべき。

第五 用衆篇
衆(大軍)と寡(小部隊)の適性に注意する。大軍ならば統制を密にするため、進軍と停止に留めて混乱を避ける。小部隊ならば結束を固めて自由に進退させる。

また、有利な地形とは風を背にし、高所を後、険阻を左にする地形である。

以下は、敵の動静を探る方法。

①小部隊と大部隊を交互に繰り出す
②進撃と退却を繰り返し、守備を観察
③敵を窮地に追い込む
④鳴りを静めて、敵の緊張を観察
⑤敵を引きずり回して疑心暗鬼にかられるか観察
⑥奇襲をかけて敵の規律を観察

『尉繚子』
尉繚という人物が梁の恵王(在位:紀元前369年~紀元前319年)と会って富国強兵を説く設定と、秦の政王に尉繚という人物が兵法を説いたという説がある。漢代初期の墓から『尉繚子』が見つかっている事から、この時代には流布していたらしい。

第一 天官篇
占いよりも智慧に頼るべきとする。

城攻めにおいて、天文方位の説では、四つの方角のうち、どれか一つは良い方角であり、どのような城でも必ず攻め落とせる事になってしまう。

第二 兵談篇
土地、人口、食糧の均衡がとれていれば、敗れる事は無い。そのために国内政治を安定させる必要がある。法令を明確にし、荒地の開拓に努めるべき。

戦いに挑む場合、大軍であれば山のようにどっしりと構え、林のように静かになり、進撃に転じれば河の流れのように尽きない。小部隊の場合、火のように行動し敵に余裕を与えない。

第三 制談篇
軍事の第一要件は法制の確立である。それが無ければ勇敢な兵のみが戦い、戦死者も勇敢な兵のみとなる。命令系統、賞罰の規定を明確にする。

第四 戦厳篇
以下の勝ち方があるとする。

①道
政治力で勝つ。敵情を分析し、戦意を喪失させる
②威
威嚇力で勝つ。自軍の賞罰を明確にし、戦意を高揚させる
③力
軍事力で勝つ。敵軍を破って領土を奪う

第五 攻権篇
将軍の命令が下部まで徹底される必要がある。そのためには威信を保持する必要がある。威信は平時から確立しておく。

第六 守権篇
防衛のため、事前に防禦用施設を構築しておく。千丈の城を守るには一万人の守備要員を必要とする。さらに食料や武器弾薬の備蓄も不可欠。
そこまでしても救援軍の期待が無ければ士気を保てない。救援軍が敵の後方を攪乱しても、糧道を切断せずに、敵を疑心暗鬼に陥れる方法もあるとする。

第七 十二陵篇
以下は勝つための12の心得。

① 威信(簡単に命令を変更しない)
② 恩恵を施す
③ 機略をめぐらす(情勢変化に応じる)
④ 適切な作戦指導(士気を把握)
⑤ 攻撃(敵の意表をつく)
⑥ 守備(敵に意図を察知されない)
⑦ 過失を犯さない(法制を守る)
⑧ 苦境に追い込まれない(事前準備しておく)
⑨ 清朝に振舞う(些細な事にも注意する)
⑩ 知謀を発揮する
⑪ 弱点を取り除く
⑫ 民心を得る(謙虚な態度)

以下は、将帥としての欠格条項

① 後悔する(優柔不断)
② 災いを招く(民を殺戮する)
③ 公正を欠く
④ 不祥事を引き起こす
⑤ 収奪する
⑥ 明察を欠く
⑦ 部下が従わない(軽々しく命令する)
⑧ 視野が狭い(賢人を遠ざける)
⑨ 禍を招く(利益に目がくらむ)
⑩ 害を受ける(人材登用の失敗)
⑪ 国を滅亡させる(軍備増強を怠る)
⑫ 危険に身をさらす(命令が貫徹しない)

第八 武議篇
戦いは不義を討つ事を目的とするべき。

大国は農業振興と軍備充実に努め、中国は防衛体制強化に努め、小国は民心安定に努めるべき。

第九 将理篇
将は依怙贔屓せずに、真相を明らかにするべきとする。

第十 原官篇
法令を定めるのは君主であるが、執行は官吏が行うため、官吏は国の要である。

第十一 治本篇
政治の基本は衣食住の確保である。霊妙な力で人民を感化するのが理想であるが、武力を後楯とする法令や公明な政治よって効果を発揮する賞罰を使用するべき?

第十二 戦権篇
戦争では先手を打って主導権を握るべき。さらに戦いの法則性を知る事で的確な判断を行う事が出来る。

第十三 重刑令篇
以下の罰則。

兵卒千人以上の指揮官が敗北:
本人の首をはね、家産没収、先祖の墓をあばき、家族を奴隷にする

兵卒百人以上の指揮官が敗北:
本人を誅殺し、家産没収、家族を奴隷にする。

上記のように厳罰を定める事で死にもの狂いで戦うようになるとする。

第十四 伍制令篇
以下の編成。

伍:兵卒五人
什:兵卒十人
属:兵卒五十人
閭:兵卒百人

上記全てで連帯責任を採用するべきとする。

第十五 分塞令篇
設営地では、部隊間の往来を禁止し、統制に悪影響が出ないようにする。120歩毎に見張り台を設け、区域内の動静を監視し、通行には許可証を携帯させる。

第十六 東伍令篇
兵卒五人で伍を編成し、連帯責任とする。戦闘中に伍から死者を出しても同数の敵を殺した場合は処罰しない。このように戦果と損害を相殺する。

第十七 経卒令篇
以下のように部隊を編成する。

左軍:青旗、帽子に青い羽
右軍:白旗、帽子に白い羽
中軍:黄旗、帽子に黄色い羽

さらに隊伍に応じて記章をつけ、隊列に応じて記章をつける位置を変える。

第十八 勒卒令篇
命令の伝達に金、鼓、鈴、旗を使用する

金を一度鳴らすと停止、再度鳴らすと後退、鼓を一度鳴らすと前進、再度鳴らすと攻撃。旗を左に振れば左に進み、右に振れば右に進む。

第十九 将令篇
戦争が始まる前に、王が先祖を祀った宗廟にて重心会議を行い、次に将軍が任命される。

第二十 踵軍令篇
踵軍:
主力軍の出動に先行して三日間の食糧を携帯し、主力軍を去る事百里の地点に展開する機動部隊。主力軍と呼応する。

興軍:
踵軍に百里先行し、決戦準備を整える部隊。要害の地の占拠や敵の追撃等。

第二十一 兵教上篇
軍事訓練は小部隊から行う。内部告発を奨励する。

第二十二 兵教下篇
以下の方策。

①連刑:連帯責任
②地禁:領内の往来を取り締まり、間者を防ぐ
③全軍:部隊間の連携を密にする
④開塞:防衛範囲を明確にする
⑤分限:駐屯地の境界を定め、往来を禁止
⑥号別:前衛部隊と後衛部隊の任務分担を明確化
⑦五章:整然たる隊伍の下に行動する
⑧全曲:密接な連携を取り、上官の指示に従う
⑨金鼓:味方の士気を奮い立たせる
⑩陣車:車線で適切な車間距離を保ち、
    馬には目隠しをつけて暴走を防ぐ
⑪死士:勇猛な兵卒を選んで暴れさせる
⑫力卒:勇敢な兵卒を旗手に任命する

第二十三 兵令上篇
政治と軍事は表裏一体。政治力によって利害安危を判断し、軍事力によって敵と戦う。将帥と敵を秤にかければ戦わずして勝敗を知る事が出来る。

第二十四 兵令下篇
主力軍に先行する国境守備隊は、有事においては後方支援の役割を担う。有事において軍を有効に機能させるためには、①逃亡兵を防ぐ②連帯責任による一致団結③威信による命令の貫徹が重要である。信賞必罰こそが将帥の威信を確立する。

『李衛公問対』
唐の太宗(在位:627年~649年)に李衛公が兵法を説く設定。唐末から宋初に成立したらしい。

上の巻
〇正兵と奇兵
前に進むのが正、後ろに引くのが奇である。意図的に後退して敵を誘い出し、出てきた敵を叩くのが奇から正への変化である。単なる敗走でなく、反転攻勢の策が用意されてこその奇である。
正とは主力部隊の戦いであり、状況に応じて繰り出す部隊が奇である。正兵とは君主より授かるものであり、奇兵は将軍の判断で繰り出す。

異民族(奇)を漢族(正)に、漢族(正)を異民族(奇)に見せかける策略が提案されている。

〇陣形
黄帝は、丘井の法(一里四方を四本の道で区切り、八世帯を住まわせて耕作させた)を定め、それを元にして軍制を整えた。
陣形も「井」の9区画のうち、上下左右中央の五カ所に布陣し、これが陣形は五に始まるの謂れとする。後世には、中央に大将が布陣し、周囲八カ所に陣をめぐらせた事から陣形は八に終わるとされた。

〇狩猟=軍事訓練
周礼では狩りを最も重要な儀式としている。周の成王は、岐陽の蒐、康王は鄷宮の朝、穆王は塗山の会を催した。
周が衰えると、斉の桓公が招陵の師、晋の文公が践土の盟を開いている。司馬法の冒頭で春秋の狩りについて記しているのは、農閑期の訓練を指している。

〇漢族と異民族
異民族の兵は騎馬を得意とし、短期決戦に向く。漢族の兵は弩を使用した長期戦に向く。服属させた契丹と奚に松漠と饒の2つの都督を新設した際には、漢族の薛万徹でなく、異民族の阿史那社爾等を推薦している。

中の巻
〇虚実の要点
最初に正と奇の転化を理解させる。奇正はこちら側の行動であり、虚実は敵の問題。

孫氏では、以下を推奨する。

① 戦局を検討し、彼我の優劣を把握
② 誘いをかけて敵の出方を観察する
③ 作戦行動を起こさせて地形上の急所を探る
④ 偵察戦によって敵の陣形を判断する

敵が実(戦力が充実)であれば正で対応し、虚(戦力が手薄)なら奇で対応する。敵に対しては自軍の正奇が逆に判断されるようにする。

敵に奇を示し、敵が攻めてきたら正に変化して迎え撃つ。

〇現地軍の把握
瑶地に都督を新設する事に意見を求められ、異民族支配のために、漢族の兵士を撤収させて兵糧の負担を軽くし、軍幹部から現地に精通した者を各地の塞に残すよう助言する。
有利な場所に布陣して遠来の敵を待つ事が戦略の基本。不穏な動きがあった時に漢族の兵を繰り出す。

いたずらに詭道を禁止すべきではない。残しておけば同じようなまやかしは出ないし、下部の兵士を使いこなす術が失われる。

下の巻
〇布陣
軍を駐屯させるのは、兵士が安心して動ける場所である。谷間や窪地、湿地や出口の無い土地、草木の密生した土地は動くのに適していない。
ただし、太公望が「歩兵が戦車や騎馬と戦う時には、必ず丘墓や険阻に布陣する」としているように、丘墓、城跡のようなさほど険しくなく、占拠すれば有利になる土地を避ける必要は無い。

〇勝つ方法
兵法の要諦は敵の誤りを引き出す事に尽きる。
攻めと守りは被我の優劣に左右されず、勝利する条件が無い時には守り、勝機を見い出したらすかさず攻める。
守るとは意図的に劣勢を示して敵に攻撃させる事であり、攻めるとは優勢を示して敵に守らせる事である。
心理が重要であり、攻める時は敵の心を攻め、守る時は自軍の士気を充実させる。

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