洗脳する「聲の形」

読者の記憶を改竄する漫画。

以下は、「聲の形 再考」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2400.html

今まで読んだ中で、最も後味の悪い漫画。

以下は、「これから聲の形を映画館で観に行く人のために 」へのリンク。

http://mukankei151.com/wp/archives/50972

作品世界における登場人物達の行動や読者の反応を理解するために、以下を定義してみる。

①記憶の改竄
登場人物達が頻繁に自らの記憶を改竄している。全員が自らに都合が良いように記憶を作り替えている。さらに、読者までもが記憶の改竄に巻き込まれている。

②罪悪感
罪の意識が記憶の改竄を妨げる。

以下は、「ユートロニカのこちら側」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2454.html

上記の本の中では、人間が日常的に記憶を改変しているとしている。監視されているという意識 = 罪悪感が記憶の改変を妨げる。記憶を自らの都合が良いように改変出来ない人間は精神を病んでしまう事がある。

③贄の必要性
罪悪感を払拭するためには、誰かを糾弾する必要がある。自分よりも劣る人間の存在を明示すれば、自らの穢れを移転する事が出来る。「聲の形」の登場人物達は、全員が自らよりも劣る人間を探し、それに依存している。

④贄にのみ残る記憶
穢れを押し付けた者は、記憶の改竄に成功するが、押し付けられた側には異なる記憶が残る。

⇒多くの読者は主人公に感情移入しており、主人公の記憶と自らの記憶を同調させる

*****************************

この漫画は、小学生達による障害者いじめから始まる。

主人公(石田)のクラスに転校した聴覚障碍者(西宮)を大勢の人間がいじめるが、西宮の相談により、保護者や教師を巻き込む騒ぎになる。クラス全員が、西宮いじめは石田が単独で行っていたと主張し、全ては石田が悪かった事になる。

漫画を継続して読んでみると、クラスメイト達は石田に罪を押し付けたのでなく、いじめは石田が単独で行っていたように記憶を改竄している事が分かる。

以下は、1巻 P123におけるクラスメイト(植野)の発言:

「西宮さんが聞こえないのをいいのことに?カゲで?からかっている感はあったかも」、「でもほっといた私も悪かったような気がします」。

読者の記憶が改竄されていくのは、この後からだ。

3巻 P128で高校生になった植野は、西宮から補聴器を奪い、「ぶん投げて遊ぶ?昔みたいにさ」と石田に語る。

ここでのポイントは、石田だけでなく、読者まで植野が主人公を裏切った事を忘れてしまう事だ。

さらに、4巻 P76~P86で、植野と西宮が話す。植野が自分は西宮が嫌いであり、嫌いな人間同士で仲良くしようと主張する。

以下は、「聲の形を読んで」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1899.html

ここで、多くの読者の記憶が改竄される。植野が石田を裏切った事、壊した補聴器の弁償は全て石田家が行った事(植野は一銭も支払っていない)、中学校時代から植野が石田をいじめるクラスメイト達(島田、広瀬)と友達付き合いを継続している事等は無視され認識が歪む。

植野は、以下のような評価を受けてしまうのだ。

・言いたい事をはっきり言う
・感情を出す
・まっすぐな人間

植野を批判する読者も含めて、それまでの経緯を認識出来なくなってしまう。

これは、小学校時代に石田が学級裁判で裏切られた事を別視点で眺めている。皆で行った西宮いじめを石田を責める事によって責任転嫁出来る。そのようにして石田をいじめた植野が、西宮を責めると自らの穢れを転嫁出来るのだ。

メタな視点から見ると、この漫画は作者の経験を投影したものだと思う。だから、小学校時代と高校時代の別人物に纏わるエピソードを同一人物によるものとしているので人物の行動や思考に一貫性が無いものに思える。

植野の行為で気持ち悪いのは、石田と小学校時代のクラスメイトである島田を引き合わせる事。島田は石田を殴り、中学校時代に噂を流して石田を仲間外れにした人間だ。植野の記憶上、小学生時代の些細ないじめを石田が逆恨みしているようになっている。

この行為を解釈すると、植野の記憶上、石田に対するいじめは小学校時代に池の中に突き落とし、机に落書きしただけに留まり、それ以外の事は無かった事になっているように思える。小学生時代の些細な行為を石田が逆恨みしている認識。

読者の記憶は改竄され、以下のような意見が出てくる。

・植野は誰よりも西宮の面倒を見ていた
・植野は好きな人間がいじめられるので辛かった
・植野の行動は全て嫉妬で説明出来る

⇒全て漫画における記述と矛盾する

読者の判断は、もう一人の小学校時代のクラスメイト川井に対しては正常に機能する。

川井は、主人公である石田を非難する。

5巻 P109における石田は、「川井さんだって悪口言って一緒に楽しんでたくせに……!!同族がエラソーに説教すんなよ!!」。

結局、石田は自分が攻撃された時しか怒れない人間なのだ。上記の言葉は植野にも当て嵌まるが、読者はそれを指摘しない。

多くの読者は、川井が記憶を改竄している事を気持ち悪く思う。穢れの移転による記憶改竄は、自分が標的になった場合のみ拒否される事を示す。

この漫画における一貫したテーマとして、他人が攻撃された場合、攻撃された側に問題があるように思える。虐待者を非難する人間も、虐待理由が虐待者に由来すると気付かない。しかし、自らが虐待の対象となった場合のみ、全ての責任が虐待者にあるように思える。

そして、物語のクライマックスは西宮の自殺未遂だ。

自殺を試みた西宮を偶然にも通りかかった石田が助ける。さらに、そこに偶然にも昔のクラスメイト(島田、広瀬)が通りかかり石田を助ける。

これは作者が自分の作品世界で行った「いじめ」だ。登場人物達の罪 = 穢れを祓う方法を他に思い付かなかったのだと思う。

自殺未遂をした西宮は植野から暴行される。西宮の妹は、その光景を黙って見ている。この場面を解釈すると、西宮妹の記憶も改竄されている事になる。本当にいじめられていたのも意見がはっきり言えないも西宮妹であり、姉を守るというのは不登校の言い訳に過ぎない。西宮妹の姉を守っていたという記憶は偽の記憶だ。

石田は西宮の命の恩人となった事で罪の意識が無くなる。さらに、島田達も石田の命の恩人となった事で罪が祓われる。

そして、石田は自分の都合が良いように記憶を改竄してしまう。7巻 第61話における石田と植野の会話はそれを表しているようで気持ち悪かった。

自分が行った事も他人が行った事も都合が良いように認識が歪んでしまった。

以下は、やる夫スレの「【R-18】バカサキュ! 番外編その5 霊夢とヤリなおしの鏡」へのリンク。

http://yaruoislife.blog.fc2.com/blog-entry-10887.html

過去に遡って歴史を改変する鏡が、実は自分の記憶を改竄するだけの物だった話。変わってしまった自分と、変わらない現実世界とのギャップに苦しむ事になる。

********************

「聲の形」に登場する人物達は日常的に記憶を改竄している。高校三年生になって、唐突に石田は西宮に謝りたくなり、植野はずっと石田を好きだった事になり、永束は映画撮影を開始し、川井は真柴を好きになり・・・・・。

高校三年生は、何者かになる事を求められる時だ。今までのように曖昧な立場ではいられず、何者かにならなくてはならない。全員がそうした状況に耐えられずに自分よりも劣る人間を探しているように見える。

それは現実世界でも発生している事。

誰もが記憶を改竄している。現実に発生した事とは異なる記憶を現実と思い込んでいる。

この漫画の後味の悪さは、そうした現実の側面を表現してしまったからだと思っている。

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