お前がムカつくから殴ってやる

上手く纏まらない話。

精神科医と面談した。

僕「子供の時に、お前がムカつくから殴ってやるって
  言われた事があるんです。
  今でもそういうのが怖くて、不安になる事があります」
医「私も密室の中で患者と相対しているからね。
  同じような経験はあるよ」

上手く伝えられなかった。普段から僕が感じている恐怖。

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社会に上手く適応出来ない人間というのは存在する。そうした人間でも社会常識に則て行動する事を期待される。

僕は学校に行かなくてはならなかったし、学校に在籍している以上、授業に参加し、林間学校だとか、文化祭、運動会に参加しなくてはならない。

僕が行事に参加すると周囲の人間の負担となる。

学生だった時、「お前がムカつくから殴ってやる」から殴ってやると言われた事がある。

文化祭のグループ分けで、僕と同じ班になった事が気に入らなかったらしい。その人とは、それが初めての会話だった。

「お前、何でそんな話し方なの?どうしてそんなに気持ち悪いの?」
「お前、何でムカつくのか分かったぞ。お前、気付いてないだろ」
「とにかくムカつくから殴らせろ」

絡まれて僕は泣いた。僕が泣いていると、次のように言われる。

「そんなに、傷つくと思わなかった。許してやる。俺がお前を見守っていてやるよ」

僕が恐ろしかったのは、そうした行為が「正義」として認知される事だった。皆、言わないだけで僕を気持ち悪いと思っている。皆が言わない事を代弁しているだけなのだから、僕を殴ると正義の味方になる事が出来る。

「俺さ、前からお前の事嫌いだったの。歩き方とか話し方とか人と違うじゃん。だから気持ち悪かったの。でもそれは個性だから大切にしないといけないと思うようになったんだ。だから、俺はOがお前の事を殴ったりするのも個性だと思ってるの。両方とも他人を嫌な気にさせているんだからお互い様じゃん」

僕が恐ろしいのは、こうした事を喋る人間が、本当に僕を納得させる事が出来ると思っている事だった。存在しているだけで、迷惑なのだから、僕は周囲の温情に縋って生きている事になる。

だから、僕は申し訳ないと思わなくてはならないし、周囲の人間が自分の正義や優しさを確認するために生きている事になる。

「論理」というものはあてにならない。話し合いは虚しいだけだと思う。

だから、子供の時は恐ろしかった。誰かが不意に自分を殴るのではないか、何かが追いかけてくるのではないか。そのように思っていた。そうした恐怖は今でも僕の中に残っていて僕を縛る。

********************

集団が形成されるとそこに一般常識が形成され、守らなくてはならないルールが出来上がる。それは最大公約数であるから、守れない人間は必ず存在する。

周囲の人間の意を汲んで、処刑人として違反者を罰する人間は必ず現れる。

そして、処刑人は生贄でもある。

状況が変化して、違反者が強者となった場合、真っ先に処刑人が処罰される側になる。

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