ユートロニカのこちら側

読んだ本の感想。

小川哲著。2015年11月20日 初版発行。



週刊東洋経済 2016.9.17の特集『IOT発進!』で紹介されていた本。

ユートロニカ:永遠の静寂

監視社会に適応していく人々の生態について。

監視されている状況に適応するのは、想像力が鈍化した人間である。想像力が鈍化した状態は、必然的にストレスの無い生活を育み、最終的には自らの意識を自覚しない状況を生むと考える。

小説世界は、米国企業マイン社がサンフランシスコに建設した「アガスティアリゾート」での出来事を中心に展開される。個人情報への無制限アクセスを許可する代わりに「働かなくても良い権利」が保証される街。

【用語】
ABM(特別区管理局):
アガスティアリゾートにおける警察機関。

サーヴァント(情報管理AI):
アガスティアリゾートにおける生活の全てを記録する。

BAP(行動分析ポリグラフ):
行動予測システム。個人情報を解析する事で犯罪を起こす可能性を知る事が出来る。

第一章 リップ・ヴァン・ウィンクル
「アガスティアリゾート」に居住するジョン/ジェシカ夫妻の話。

監視される状況に適応する妻ジェシカと、適応出来ない夫ジョン。

無気力性症候群になったジョンは診療所に通うが、そこで自分と同じ症状となった旧友デレクの自殺を目撃する。

*************

人間は日常的に自らに嘘をつき、自分に都合が良いように記憶を改変する。日常的に監視されている状態を自覚してしまうと、自らの合理化(都合が良いように記憶を改変する事)を信用出来なくなり、自分の決断が全て間違っていたように感じられ、精神を病んでしまう。

第二章 バック・イン・ザ・デイズ
マイン社が提供する過去再体験サービス『ユアーズ』について。

多量の個人情報を保存しておき、再現する事により過去を追体験出来る。

アラン・リード(31歳)は、高校入学祝いの旅行を、父親が途中で打ち切った事を今でも気に病んでいる。過去再体験サービスにより、父親が旅行を打ち切った理由が、個人情報提供義務のために特定範囲外への外出が不可能であったためと知り、自らを癒す。

P103~P104:
(前略)
被験者の「想像力」を測った。
(中略)
高ランクの被験者は、より短い時間で回答し、前頭葉から側頭葉により強いトップダウン式の信号が見られた。この信号は、実在するものを視覚から得る際に活性化するもので、側頭葉のイメージが前頭葉に流れ込む生体現象―いわゆる『想像力』のプロセスとは真逆である
(中略)
一方で、ランクの低い被験者は、より時間をかけて回答し、ボトムアップ式の信号が活性化した。
(中略)
高ランクの被験者は脳に負荷をかけずに思考する方法が上手だと言うことはできるかもしれない。チェスのチャンピオンがある盤面を一瞬で記憶できるように、有能な人間ほど作業にパターンを見つけ、脳をモジュール化し、自動的な思考を用いて情報を処理することはよく知られている。

第三章 死者の記念日
サンフランシスコ市警殺人課の刑事スティーヴンソンの話。

妻の兄オリビエとは刑事時代の寮で同室であり、銃撃戦で死んだ彼との思い出を軸に物語は展開される。

P119:
Compliteness(完全性)、Coherence(一貫性)、Continuity(継続性)、Closedness(閉鎖性)。マイン社が情報の価値を決める「4C」と呼んでいるものだ。ある継続した期間にわたり、閉じた系で発生した完全で一貫した情報には、なにものにも勝る非常に高い価値がある。そういった情報は、人間という未知の機械をリバースエンジニアリングする上で役に立つという話だ。
これに対して、ある哲学者は、Contingency(偶発性)、Curiosity(好奇心)、Complication(複雑さ)の三つが、人間が人間であるための「3C」であると反論した。

第四章 理屈湖の畔で
マイン社の特別技術顧問クリストファー・ドーフマンの話。

彼は、BAP(行動分析ポリグラフ)により、暴力行為に及ぶ確率が8割を超えると予測された犯罪者予備軍ラリー・ジェンキンスを監視する。

ジャーナリストが、ラリー・ジェンキンスが非合法に監禁されていると批判し、ラリー・ジェンキンスへの取材を行うが、その最中に殺人事件が発生する。そして世論は、犯行が予測出来たにも関わらず、未然に防止出来なかった司法を批判するようになる。

クリストファー・ドーフマンは、犯罪予備軍が更生する可能性主張するが、世論に受け入れてもらえない。

P197~P198:
目的犯を取り締まるということは人々に大きな影響を及ぼします。
(中略)
危険性そのものが自由に裁けるようになれば、人々は危険について想像することすら避けるようになるでしょう。
(中略)
危険について考えることをやめた人間は、別種の新しい次元の危険を生み出すでしょう。

第五章 ブリンカー
日本人女学生ユキの話。

米国に留学し、同じ日本人留学生 吉本浩二(ララ)とアガスティアリゾートでのテロを計画するが、BAPによって未然に防がれる。

ABMが意図的に犯罪を見過ごし、現行犯逮捕しようとした事が物議を醸す可能性が示唆されるが、次章において、それは大きな問題となっていない。

P229:
アガスティアリゾートは危険を排除することで成り立っているんじゃなくて、危険を予測し、そのコストを街全体に分散させることによって成り立っている
(中略)
アガスティアリゾートで唯一排除されるのは『予測の困難さ』なの。

P246:
人間は、不自由からの解放という形でしか自由を認識できない。不自由がなくなれば自由もなくなる。完全が欲求が満たされれば欲求は存在しなくなる。意識がなくなれば、無意識もなくなる。

****************

P263~P266で『アガスティア・プロジェクト』という本について記述。

人工知能により、利他的社会を低費用で実現した結果について。抽象概念、自由意志、意識は人間同士の騙し合いによって必要とされたものなので、利他的社会では人間は意識を無くすと主張する。

人間の「心」がどこまでも主観的なものであり、他人の「心」を客観的に把握する試みは矛盾するとしている?

第六章 最後の息子の父親
アガスティア・プロジェクト立ち上げ人の息子 ロバート・アーベントロート牧師の話。

彼の息子は、『アガスティア・プロジェクト』を著して、人間の意識が無くなると主張した事で大勢の人間が命を狙われており、ロバート・アーベントロートは、自らが孫の安全のため、アガスティアリゾートに居住する事を決める。

P272:
自由を自ら放棄する自由は、人間に与えられていますか?
「そんな自由はありません。なぜなら、私たちは自分の自由意志で信仰の道を選びとるべきだからです。それゆえに、信仰に意味が生じるのです。
(中略)
自由の否定は、人間の否定を意味します。

P274:
みんなは自由を手放すことを喜んでいるんです。自由がすっかりなくなって、頭を使わずに生きることを願っているんです

P300~P301:
忘却が本当に恐ろしいのは、自分が忘却したという事実さえ忘れてしまうことなんです。みんな、都合良く生きるために都合の悪いことを忘却しようとします。
(中略)
罪の原因になりそうなものを、自分の周囲から徹底的に排除するんです。気持ちのいい言葉だけを耳にして、世界が自分の望むように回っていると思いこむんです。

P305:
答えに詰まるような質問をされなければ、人々は無意識のまま会話をすることがさえできる。逆に、嫌なことや難しいことがあれば、人間は意識を呼びだして、うんと考えてそれを解決しなければならない。つまり、ストレスが意識を発生させるってことだ。
(中略)
人々の希望通りストレスをなくしていくと、最後は意識が消滅する

******************

この小説が北米を舞台にしているのは、終章における宗教的問答をするためだと思う。日本を舞台にしては、キリスト教信仰に現実感が無い。

監視社会において、牧師達がどのように自由を主張するのか具体的に想像出来なかった。

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