葬式は要らない

読んだ本の感想。

島田裕己著。2010年1月30日 第一刷発行。



日本における葬式の社会的意義について。

財団法人日本消費者協会が2007年に行った調査では、葬儀費用の全国平均は231万円である(地域差が大きく、四国が149万5000円で東北地方は282万5000円)。

1990年代前半の米国の葬儀費用は44万4000円、英国は12万3000円、ドイツは19万8000円、韓国は37万3000円であり、日本は飛び抜けて葬儀費用が高い。

日本における社葬(会社自体が施主になって社長等の葬儀を行う)は日本特有であり、会社を大きくした人物の功績を称え、後継者を披露する場となる。1970年代に生まれた慣習とされ、バブルの時代には大規模化して贅沢になったとする。

<直葬(火葬)>
故人が亡くなった後、自宅に遺体を安置し、近親者だけで通夜を行うもの。現代の東京では20%が直葬とされる。高齢者の大往生が増え、会葬者の数が自然に減った事が直葬増加の理由とする。

他にも通夜と告別式を一日に纏めた形式もあり、「家」の重要性が失われた事で、結婚式(媒酌人不在)と同様の簡略化が進行しているらしい。

墓地を販売せずに、使用料を取って貸し出す永代供養墓の登場も、墓を守る子孫がいない事例が増えた事にあるとする。

創価学会においても、1990年代に日蓮宗と決別した事で、葬式の儀式を僧侶を呼ばずに行う「友人葬」にて行うようになり、会員の大半が地方から都市に出稼ぎに来た人々で、故郷の墓から切り離されたために可能であったとする。

<日本における葬儀の歴史>
以下は、古代装飾古墳から著者が推測する事。

①現世と連続する死後
埴輪や壁画には、人間や家等の実際に存在した物を描写しており、霊や神を描いていない。天国や極楽、地獄という異界の痕跡が無い。
②仏教と関連しない
仏教が広がっていた時代に建てられた高松塚古墳やキトラ古墳にも仏教の影響が見られない。

飛鳥時代から奈良時代にかけての仏教は、高度学問体系として受容され、葬式仏教の側面は無かったのかもしれない(奈良仏教)。同時代に建立された法隆寺、薬師寺は墓地や檀家がおらず、住職が亡くなると別の宗派の僧侶が葬式を営んだ。学問としての仏教を学ぶ場。南都六宗は、教団というよりも学問上の流派の性格が強い。

神道と仏教の相違点は、神道では信仰対象となる神を姿形に表現しない事にある。9世紀以降の一時期に神像が作られた時期があったが、神も人間と同様に仏道修行による解脱を求める僧侶の姿で描かれた(僧形八幡)。

神道でも「神葬祭」という神道式の葬式があるが、仏教式に比べれば質素であり、祭壇や飾り付けをする仏教式の葬儀が日本の高価な葬儀の原因であるかもしれない。

奈良仏教の次に輸入されたのは密教であり、修業を通じて神秘的な力を修得した僧侶が国家安泰を願うものとする。密教では曼荼羅にて異界を描き、千手観音や不動明王等の異形の存在が前提となる。念仏が唐に渡った天台宗の円仁(天台宗第三代座主)によって齎される。

密教の次に流行したのは浄土教信仰である。人が死後に生まれ変わる「浄土」の存在が強調される。平安時代中期の天台宗僧侶 恵心僧都源信は『往生要集』を著して、極楽浄土へ往生する方法を示した。地獄を詳細に描写し、「臨終行儀」にて死に臨む具体的方法を記す。

平安貴族は、平等院鳳凰堂や浄瑠璃寺、中尊寺金色堂を建設し、現世以上に華やかな極楽を現世に表現したとする。

⇒死後の世界を壮麗にイメージする試み

次に鎌倉新仏教が流行する。長期に渡って仏教理論を学べない庶民のために、「易行」として念仏を唱えれば極楽へ往生出来るとする。

鎌倉新仏教の曹洞宗開祖である道元は、「只管打座」を説き、座禅によって悟りに至る事を強調したが、第4祖となる瑩山紹瑾は、宗派の経済的基盤を確立するためにも密教的な加持祈祷や祭礼を取り入れていく。密教は、日蓮死後の日蓮宗にも影響したらしい。

加持祈祷は使者の供養にも用いられるようになる。さらに、禅宗においては儒教の影響が見られる。儒教における祖先崇拝の影響。1103年に宋で編集された『禅苑清規』には、禅宗の葬儀方法が記されており、修業途中に亡くなった僧侶を一旦は出家した事にして、出家者の証である戒名を授ける方法が確立されている。

⇒禅宗における在家のための葬儀方法が日本社会に広がる

仏教は、神道と異なり死後の浄土を徹底して豪華に描く志向があり、浄土を模した祭壇が豪華になる下地が出来たとする。

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<世間体について>
葬式を贅沢にする上で、世間体が重要な役割を果たすとする。



質素な葬式では故人の業績を脾摘した事になってしまう。日本近世の村落共同体は、稲作による結束が強固であり、「神仏習合」が基本で葬儀を担当する仏教徒、氏神祭祀を営んで村を統合する神社が共存していた。

江戸時代に入って、寺請制度が導入され、各寺院が行政組織の末端として、戸籍管理のために全ての村人が寺の檀家となる事が強制されたため、仏教式の葬式が当たり前になっていく。

村全体は氏神によって纏まり、各家族の信仰として祖先崇拝が確立された。

<戒名>
死後に仏教式の葬儀において授かる戒名にはランクがあり、院号がつけば布施の額が高騰する。

本来、戒名は、その人間が仏教徒になった証として授かる。一般の在家信者が死後に授かる戒名という制度は日本にしかないとする。

日本では、禅宗における在家信者の葬式作法が確立されたため、一旦は出家の形を取るために、戒名が授けられる事になり、それが慣習になっている。

昔の日本社会では幼名が存在し、手柄を立てると新しい名が与えられ、他に俳号、芸名、画号、襲名等、一人の人間が生涯に幾つもの名前を名乗る事が珍しくなかった。

それが死後も名前を改める戒名に結び付いたのかもしれない。

一般霊園における調査では、明治時代の戒名の内、院号が占める割合は18%だが、大正時代には20%になり、昭和10年代、20年代には10%に落ちている(家の当主でない若者が多く亡くなったためと推察)。

そして、昭和30年代~昭和40年代には、院号のついた戒名が55%となり、昭和50年代~昭和60年代には64%、平成に入ると66%に達した。

一方で、地方農村地域では昭和60年代でも院号は5%程度だった。村落共同体のような強固な地域共同体の存在しない都会では、村の有力者でなければ名乗れない院号を名乗り易いのかもしれない。

寺の側にも戒名料を取りたいインセンティブがある。1969年には院殿号がついた戒名料は20万円以上だが、1979年には50万円以上になり、さらにバブル期に値上がり、多少の値下がりはあったが高値安定している。

寺請制度が廃止され、檀家となる事が強制されなくなった事で、仏教寺院の経済基盤が弱体化した事も戒名料高騰の原因かもしれない。一般に一つの寺を維持するためには300件の檀家が必要とされ、一年間に15件ほどの葬式が必要になる。

日本消費者協会による2007年の調査では布施の平均は54万9000円であり、15件では823万5000円の売り上げがある事になる。ちなみに、全国1万4000軒の寺を抱える曹洞宗では、住職の平均収入は565万円であるらしい。

かつては豪族や貴族にのみ許されていた戒名や檀家、立派な墓等が庶民のものとなった事で、負担の自覚との矛盾が生じているのかもしれない。

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葬式において喪主になるのは後継者であり、葬式には後継者を披露する役割がある。家を受け継ぐ必要の無い人々には葬式の重要性が薄い。高齢化により大往生が一般化した事も豪華な葬礼の意味を薄くしている。葬式の簡略化の進展。

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