物語を求める人々の歴史(近代)

インターネット上の記事からのコピペ。

以下、映画の歴史。

○キネトスコープ
1889年に、トマス・エディソンがロール・フィルムの回転を箱の外から覗き見る装置を考案。1894年には、ニューヨークで1分間の映像を見る装置として公開された。
エディソン撮影所の1分間作品『スコットランド女王メアリーの処刑』(1895年)は、1分間で女王の首を切り落とす映像を見る事が出来た。

○ヴァイタスコープ
巨大なスクリーンで映像を鑑賞する装置。1894年~1895年に、米国や英国等で考案される。専門の劇場(ニッケル・オデオン)が出現し、物語性を持った映像が求められるようになる。
10分間作品『大列車強盗』(1903年)では、14のシーン(平原を走る列車、強盗の襲撃・逃走、銃撃戦等)を組み合わせて物語を見せた。ニッケル・オデオンは1908年には1万軒を超えた。

1915年には、3時間作品『国民の創生』が大ヒットした。

以下は、『ヤバい経済学』の記事へのリンク。第2章にて、『国民の創生』に言及している。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2343.html

○ハリウッド
1911年にロサンザルス郊外のハリウッドに映画撮影所が設けられる。

米国映画の最初の観客達は雑多な下層階級であり、どのような文化背景を持つ人間でも受容出来る「万人向き」の価値観が必須になる。初期映画にて、それを表現したのがチャーリー・チャップリンとされる。

善人が苦難を乗り越えて幸福になる物語は、最大多数の人々の支持を集め、やがては知識階級の価値観にも影響するようになる。

******************

現代のインターネット系創作物で定番となっているのは、「異世界転生物」である。

ビルドゥングスロマンとして、現実世界では不遇で孤独だった主人公が、異世界に転生して社会の上位階級になる。

従来の価値観 = 「正当で地道な努力が最後には報われる」への信頼は無く、偶然にも素質を持った主人公が正しいやり方で成功する。ステータス魔法を前提とする「RPG的ファンタジー世界」の中で、自身の能力と、その世界のルールを把握した上で行動する。「努力」や「向上心」は付随条件でしかない。

正統的で厳しい訓練で技能を磨き成功を目指す思想(クラフトマンシップ)に対して、機知や発想転換によって正解を最短コースで掴み取り、泥臭い苦労をバイパスして成功するのがクールという思想(ハッカー)。

何をやっても駄目を出される。努力しても報われない。将来への希望が無い。という現実社会のウサを晴らすための消費物であり、心の隙間の充填剤。

しかしながら、願望充足のために「チート能力で無双して痛快!」のみの作品では、途中でストーリーが止まって未完になる事が多い。物語を進めるためには大きなテーマが必要になる。作品毎に様々な問い掛けがされ、様々な答えが出されていく。

世界や社会構造との対峙が最も分かり易い構造?

敗者の視点から勝者の視点への転換。

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