メフィラス星人になれません

最近、考えている事について。

以下は、Wikipediaの「メフィラス星人」の記事へのリンク。「ウルトラマン」に登場する敵役。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%A9%E3%82%B9%E6%98%9F%E4%BA%BA

子供の時に、ウルトラマンの再放送を見ていて、敵役のメフィラス星人が以下のような主張をした事を記憶している。

「メフィラス星人とウルトラマンは同じ宇宙人同士だ。仲間同士で戦う事は出来ない」

当時、番組を見ていて不思議だった。メフィラス星人とウルトラマンが「同じ」というのは地球人から見た視点であって、メフィラス星人の視点から考えると、ウルトラマンと地球人こそが同じ宇宙人同士であるはず。

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多分、「ウルトラマン」を制作した人間達の思考形式が反映されたのだと思う。

①分類
登場人物をカテゴライズする。そして分類の幅は狭い。「地球人」と「宇宙人」という2つの分類しか存在せず、「地球人」ではない存在は全て「宇宙人」となってしまうため、ウルトラマンとメフィラス星人が同種の仲間になってしまう。

②固定
各々の認識が相対化されない。上記①の分類を全ての登場人物が前提として受容する。メフィラス星人もウルトラマンも、自分は「地球人」ではないのだから、「宇宙人」であると考える事になる。

⇒他者視点の致命的欠陥

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このような事を考えるようになったのは、超越者として考える人達の意見に無理があるように感じるからだと思う。

インターネットに順応出来ない思考形式。

以下は、Zai ONLINEのコラム『橘玲の日々刻々』、「「知能や気質は、人種ごとに遺伝的な差異がある」言ってはいけない残酷すぎる真実」へのリンク。

http://diamond.jp/articles/-/91577

人種によって知能指数が異なるという意見。欧州系はIQ100、東洋系はIQ105、アフリカ系はIQ85~90という調査結果?

「人種毎に遺伝的な差異があり、それが知能や気質にも影響している」

上記のコラムを読んだ時に違和感を覚えた。何故ならば、橘玲氏自身が、自著の中で人種というものは近代になって生み出された仮想的概念であり、また、世界は確率的に理解出来ない事を主張しているからだ(『(日本人)』)。

1978年に刊行された『オリエンタリズム』(エドワード・サイード著)によって、東洋人という区分が近代になって白人種の優秀性を確認するために恣意的に作り出された事。その歪んだ枠組みを通じて東洋人が自己像を確立したとしている。

さらに、正規分布に支配された確率概念は人間の遺伝子によって規定された妄想であり、因果論でしか物事を解釈出来ない人間の作り出したものであるとしている。

ならば、人種毎に知能指数を正規分布に沿って予想する試み自体が、誤っている事になる。

遺伝的に人々の知能を区分出来るとするならば、既存の「民族」や「人種」を代替する新しい概念が登場するはず。橘玲氏は、自らの主張した事を、自説に適用出来ていない。

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同様の問題は、他の部分でも垣間見える。

例えば、日本人と外国人を同様に考える事が出来ない。

日本人の行う差別行為をヒトラーの行為と同様に考えるが、外国人(特に中国人や韓国人)の行う差別行為は、「経済発展によって自信をつけたため」と解釈する。

それはそのまま橘玲氏が主張する愛情空間(家族との人間関係)、友情空間(友人との人間関係)、政治空間(漠然とした他人の世界)の区別で説明出来てしまう。

橘玲氏にとって、「日本人」の行動は具体的個人の行為として解釈され、「外国人」の行動は群れとして抽象的に解釈される。

以下は、「思い違いの法則」の記事へのリンク。「法則6 マップメーカーヒューリスティック」によっても説明出来る。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-656.html

橘玲氏は、自身の主張する理論を自らに適用出来ないのだ。

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超越者としての観点について考えてみると、物事を考える時に「自分」と「世界」に区分けし、「世界」から切り離された立場から物事を解釈する態度は特有な誤りを孕むのだと思う。

「保育園落ちた日本死ね!!」という言葉を書いたブログが話題になった事がある。それを国会で話題にした山尾議員の自作自演疑惑によって。

しかし、客観的視点を売り物にしている人達は、自作自演という意見を無視する。それは、共産党の外郭団体と噂されるSEALDsだとかにも同様で、自らが考える物語に適合する情報は無条件に真実としてしまう。

客観的視点を重視する人達の特徴は、自説に意見する人間を敵だと認識してしまう事にもあり、仲間なら常に同調するはずと思い込んでしまう。だから対話による問題解決が出来ない。最初に設定された答え以外を受容出来ない。

以下は、「佐藤優とかFXとかいろいろ」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-136.html

かなり前の記事だけれど、佐藤優氏が自説を撤回出来ない事が記されていると思う。最初に特定人物が犯人だと思うと、そこから思考を転換出来ない。細かい質問をして、相手が反論出来なくなった事で、自らが正解として、そこで思考が停止する。

客観的に考えていくと、他人の意見が重要になり、相手に主張させてその矛盾を探す事になる。自分の意見を主張する事は危険なのだ。他人の意見を主観、妄想と批判する事は容易いが、自らの意見を持ってしまった時点でそれは主観的意見となり絶対正義を主張出来なくなる。

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インターネット上の仮想空間は、愛情空間や友情空間、政治空間が混在する世界であり、因果論や確率論、複雑系等の多様な世界観が入り混じる。

橘玲氏や佐藤優氏の意見に違和感を覚えるのは、彼等がインターネット上の仮想空間に旧来の視点を持ち込んでいるからだと思う。インターネット上に散見される「日本人」の意見を取得出来ても、「外国人」の意見はテレビ番組や新聞、雑誌等が優先されてしまい、問題を正しく把握出来ない。リベラルとされる人達に共通する特徴。

「考える」という事の本質に関わる問題であり、それは僕自身の問題でもある。

客観的に考える事とは、「地球人」と「宇宙人」のような分類を設定し、それを全ての人々が前提条件として受容すると思い込む事なのか?

客観的認識や分類、感情移入の問題点を考える事が出来たとしても、それらを解決する方法が分からない。

だから、これだけは確実に言える。僕は間違っている。

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