一神教が多神教である事

インターネット上の掲示板からのコピペ。

一神教では、神だけで全ての事象を説明する事に無理がある。神の威光を落とさずに人間の邪悪さを説明するために悪魔が必要とされる。悪魔に悪徳を担当させ、天使にも様々な役割を与え、時代が下るに連れ実質的には多神教になっていく。

例えば、神に反逆したとされるルシファーという元天使は旧約聖書にも、新訳聖書にも登場しない。イザヤ書に「夜明けの明星(ルシファー)」という名前が記述されているが、ネブガドネザル2世の隠喩で天使の事ではない。

それを3世紀頃に神学者オリゲネスが天使と主張し、5世紀頃に神学者アウグスティヌスが二律違反を否定する道具として、ルシファー(堕天使)を利用し、マニ教やゾロアスター教に対抗した。12、13世紀頃にはサタン=ルシファーという定説が出来上がり、神曲やゾハール(光輝の書)に引用されていく。

ベルゼブブ(蠅の王)も、本来はバアル・ゼブル(בַעַל זְבוּל)、即ち「気高き主」、「高き館の主」という意味の名で呼ばれていた。これは嵐と慈雨の神バアルの尊称の一つと思われる。

パルミュラの神殿遺跡で高名なバアル・ゼブルは、冬に恵みの雨を降らせる豊穣の神だった。一説によると、バアルの崇拝者は当時オリエント世界で広く行われており、豊穣を祈る性的な儀式を行ったとも言われる。

しかし、ヘブライ人達が、異民族の儀式を嫌ってバアル・ゼブルを邪教神とし、バアル・ゼブルを語呂の似たバアル・ゼブブ(蠅の王)と呼んで蔑んだという。これが聖書に記されたために、バアル・ゼブルが広く知られる様になった。

悪魔が元天使とされるのは、人間を越えた力の元は神であるとするためであり、神以外に超越した力を認めたら、神の絶対性を批判した事になる。神の試練と解釈出来ない事象に割り当てる為に、悪魔という存在が作られた。

その後、キリスト教を利用した侵略過程で、地域信仰されている神を堕天した悪魔としてキリスト教に取り込んでいく。

各地に存在する様々な神をキリスト教が悪魔に認定する。その後、天使が神に逆らった逸話が創作され、悪魔は堕落した天使となる。しかる後に、天使や悪魔の序列が定められていく。

イスラム教における聖戦においても、一神教を奉じていくと、上手くいかない事象を説明するために堕落者や悪魔が存在しなくてはならない過程が示されている。

そして、憎悪が強いほど悪魔と神の力量は均衡していく。

一神教を信じる強い信念は、結果的に強力な悪魔を想定していく事になる。唯一神を信望する者は、多神教(悪魔)を信じる宿命を負っている。

人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ABCDEFG

Author:ABCDEFG
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード