2000年代に発生した社会変化

以下は、インターネット上の掲示板からのコピペ。

1990年代はインターネットが珍しい時代
2000年代前半は一部の人がやってる時代
2000年代後半はほとんどの人がやってる時代

2001年の時点で普及率は61パーセント。2016年は85パーセントくらい。2000年くらいは、オタクはまだ白眼視されていた時代だった。2000年代後半になるとyoutubeやニコニコ動画のせいでか、オタク流行りになり、学校で開示しても恥ずかしくなくなっていった。昔だったらオタクを嫌悪していた連中も受け入れるようになった。

マルチメディアブーム後の普及価格帯での定額常時接続環境整備やスマートフォンの普及で、インターネットのニュースやブログを楽しむ層が増えた。

2000年以前は、流行の音楽やドラマ、オリコン上位やサッカー野球の話題をしないと孤立し易かった。アニメや漫画の話題は蔑まれた。今は情報や自分の共同体を取捨選択出来る。

1990年代(特に後半)は、CDに金を使うような世代の人口が日本史上最高だった時代でブームが発生し易い地合いがあった。ミリオンセラーが年間何枚も出る異常な年代。中山美穂とかチャゲアスとかのCDが売れまくっていた。Jリーグが発足した時はマスコミの最盛期とインターネットの出現が被っていて面白いと思う。

1990年代の流行は強迫に近く、昔のスキーブームはスキーをやらないのはオタク!(オタク=死刑宣告)一生独身!というノリだったが、人混みの中、何十分もリフト待ちして1日数本しか滑れないスキーなんて楽しくなかった人間が多いはず。でも、やらないと社会的に抹殺されるからスキーをやる。そのくらいマスコミは強かった。

テレビで宣伝すれば商品が無条件で売れたし、テレビで否定すれば皆が避けた。ロック歌手がイエーイと叫べば10万人がイエーイ!芸能人が人生を語れば庶民が真似をする。テレビ、本、芸能人=正しいという異常な時代。

今は、インターネットでやたら突っ込みされるから、芯の強さが問われる。批判に逆らえる価値観は少ないから、画一化に流れるようになる。様々な意味で保守的になり、悪い事が格好良いという風潮が消えた。最近のテレビ番組は物静かであるし、ヤンキーっぽい人は人気が無い。恰好良い男の基準も軟弱化しており、石原裕次郎や三船敏郎みたいな型は昔風になっている。就活生のスーツも、昔は黒一辺倒では無かった。

しかしながら、インターネットは仮想空間で好きな本を読み、好きな人と語れる場であって、意図的に視野を狭くしようと思えば狭く出来る。つまり現実と変わらない。マスコミ登場以前の「現実」が広い範囲で仮想世界上に発生している。

酷く偏った嗜好の人間は、酷く偏った情報を読み「真実」だと思い込む。様々な人間の話を聞いて自分で行動して価値観を育成する作業が省略される。集団の正義?みたいなベクトルがあって叩きに誘導される。

その一例として、インターネットでは「韓国」が流行り過ぎている。インターネットで「韓国」という単語を一度も目にせず終える事は難しい。インターネット上の「韓国」ブームは2000年代から10年以上継続しており、こうしたブームは1990年代にも無かった。

こうした「韓国」ブームを説明するために、以下の2つの変化がある。

・誰でも発信者側に立てるようになった
・情報収集(アンテナ)が指向から全方位に変化した

誰でも発信者側に立てるようになった事で、特定の集団に向けた情報だけではなく、不特定多数を相手にする情報が「価値が高い」と見なされるようになる。閲覧数を増やす事を目的とした場合、試行的な情報を収集して厳選して発信するよりも、雑多な情報を配信する方向に向かう。「口を噤む」文化よりも「ノイズを撒き散らす」文化が良いものと、広く一般に受け止められるようになる。

それに伴い何も隠せなくなった。本当は流行っていないのに流行っているとも言えなくなったし、苦肉の策でやっていた事が不法で摘発され、何となく許されていた色々な事が許されなくなった。皆が騙される事で回っていた事が成立しなくなる。

国家や民族という「符号」は、日本国中の不特定多数に訴えかけるものであるし、インターネット上における「韓国」ブームは、前時代に覆い隠されていた隣国の憎悪を暴いていく過程と言える。

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