戦略の歴史

読んだ本の感想。

ジョン・キーガン著。1997年1月25日第1刷発行。



あらゆる歴史や地方において見られる「文化による戦争制約」について。

戦国時代以後の日本、中世イスラムにおけるマムルーク軍団においては、銃器の積極的活用が手控えられた。様々な社会において、技術革新は一定の社会秩序を維持し、支配階級の優位を維持するために非合法化された。権力基盤である軍事組織の固定化が近代化を妨げた。

それは、彼等が簒奪者であるという出自と関係しているのかもしれない。

社会システムは人口増大等による環境変化によって変更を迫られる。

<ズールー族の例>
ズールー人は、14世紀に北方から南東アフリカ沿岸に移住した放牧民族である。彼等の戦争の名目は、放牧地の争奪であり、17世紀頃の欧州人は、ズールー人の戦闘は儀式的あり、負傷者が出ると終わったと証言する。

暴力には一定の限度があり、敵を殺害した場合は、清めの儀式を受けなくてはならなかった。

19世紀になるとズールー族の首長であるシャカが絶滅戦を展開するようになる。16世紀に齎された玉蜀黍の普及等により人口が増大した結果、牧草地が不足したためとする。

シャカの軍団は、一般社会とは隔離された年齢別軍団が中核となり、敵を殺し易い刺殺用の槍が使用された。

****************

文化とは異なる戦争制約条件としての地形について。

地形による制約は水上戦においても顕著であり、蒸気船であっても実際には沿岸部での戦いが主であった。地球表面の70%は海面であるが、ほとんどの大海戦は沿岸部で行われている。

砂漠、ツンドラ地帯、雨林地帯等は戦争に不向きであり、全世界で六千万平方マイルの地表の約70%が軍事作戦には向いていない。

そのため、大河川、山岳地帯、森林が自然の前線を形成し、それが政治的境界と一致する事となる。さらに季節的な戦闘の集中度がある。

農地に適した豊かな地域とそれ以外は、しばしば要塞化された境界線によって明確化される。食料欠乏地帯である貧しい土地での戦いは困難であり、貧者たる遊牧民族の優位を確定させた。

地形は戦闘方式にも影響を与え、ビクター・デイビス・ハンソンの研究では「決戦」という観念を生み出したのは古代ギリシアの小土地所有者であり、以後はそれが西洋人の戦闘形態になったとする。

⇒他地域の戦闘形態は、被害者を多く出さないように限られた人間のみが参加する方式であり、それが文化的に維持された事が西洋の優位を決定付けたとする?

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