ユーラシアの地政学

読んだ本の感想。

石郷岡建著。2004年1月27日 第1刷発行。



はじめに ユーラシアについて
シベリア鉄道は、北緯50度~北緯55度の間を東西に走る。それはユーラシア大陸北の森林地帯と南の草原地帯の境界線となる。歴史的には、ロシア民族は北側の森林地帯に居住し、南側に遊牧民族やオアシス文化の人々が居住する。

ユーラシア大陸北部の起伏の少ない大地が、ロシアが広大な領土を持つ事が出来た地政学的理由であり、ロシア民族は太平洋岸からバルト海までで言語や生活様式に大きな違いが無い。

以下のユーラシア。

①自然地理的概念
②ロシアを中心とする森林
③遊牧民族が活躍した草原
④シルクロードに象徴される砂漠

以下が、ソヴィエト連邦崩壊の結果。

①ロシアは500万平方㎞の領土を失った
②ロシアはバルト海、黒海への出口を失った
③ロシア国家が弱体化し、連合国家へ傾斜
④ロシアの重心が東北へ移動
⑤ロシアは中東欧に接する国境線を失い、関係が希薄化
⑥ロシア周辺部に経済的弱体国家群が出現
⑦ロシア民族はユーラシア東西に寸断された
⑧ロシアはユーラシア南部のイスラム原理主義に対する
 防衛者となった。
⑨ロシア東部に人口的希薄地帯が出現し、
 中国からの人口圧力にさらされる
⑩米国を中心とする海洋国家が決定的役割を
 果たすようになる

⇒ソヴィエト連邦崩壊は、ロシアの縮小である。ロシアがユーラシア北部の周辺国家となる事で、ユーラシア各地で自己同一性を追求する動きが始まる。それは自らの根源を辿る根源主義的な動きともなる

第一章 イスラム原理主義の嵐
中央アジアのフェルガナ渓谷、チェチェン共和国、新疆ウイグル自治区等で、イスラム原理主義を拠り所に自己同一性を確認する運動があるとする。それは従来の国家概念が揺らいでいる証拠であり、新しい歴史を象徴sるう。

第二章 ユーラシアをめぐる米中露の確執
2001年の米国同時多発テロ事件後、ロシアのプーチン大統領は米国に協力し、米軍が中央アジアに展開する支援を行った。軍事基地提供やロシア南部、中央アジアの空輸通過許可、アフガニスタンの北部同盟との橋渡し等。

その理由は以下とする。

①米露協調がロシア国家再建の基本方針とする
②イスラム過激派対策は米露共同の利害

ロシアは超大国ではないという現実主義路線であり、米国と張り合うエリツィン前政権とは異なる。ロシアにとって発展著しい中国は脅威であり、米国を中露の緩衝勢力とする思想もある。

中国東北部を取り囲むロシア各州(チタ、ハバロフスク、沿海州)の総人口は約800万人であり、中国東北部三省の人口約1億人と比較して不利であり、人口の浸透圧により、ロシアに中国人が流入している。

ソヴィエト連邦崩壊後の中央アジアには中国の進出が目立つとする。他方で、従来は閉ざされていた国境を超えた人々の交流は、非漢族の遊牧民系の人々の民族意識覚醒に繋がる可能性がある。

第三章 いくつもの中央アジア
中央アジアには様々な勢力があり、ロシアへの求心力と遠心力に違いがあるとする。

ソヴィエト連邦崩壊後は、スラヴ三国のキリスト教世界と中央アジア五ヵ国のイスラム世界に分かれたが、中央アジア共同体構想は実現せず、独立国家共同体構想へ合流していく。

①北方ロシアへのベクトル
中央アジア北部のカザフスタン、キルギスはロシアとの関係が強い。両国とも草原地帯を基盤とする遊牧民国家の流れを汲む。草原を通じてロシアと接続しており、イスラムの影響は比較的弱い。
中央アジア唯一のイラン系民族であるタジキスタンは、パミール高原という地理的不利条件を抱え、経済・文化の発展が遅れており、アフガニスタンと接する南部国境警備をロシア軍に任せる状態となっている。
②ウズベキスタンを中心とする中央アジア独自のベクトル
中央アジア中心に位置するウズベキスタン、南部のトルクメニスタンはロシアからの独立心が強い?オアシス地域に依拠するシルクロード中継地点が根源となっており、オアシス地域は水源が絶えない限りは独自国家を目指す事が出来る。

上記①、②の他にイスラムや中国、米国、トルコの影響もある。

****************

中央アジアでは、山岳地帯の人々はフェルガナ渓谷を経過しなければ移動出来ない地理的構図になっている。フェルガナ渓谷における国境線は盆地と山岳地帯の中間に敷かれており、極めて不自然。ソヴィエト連邦時代は行政的区分として大きな意味を持たなかった国境線が独立後に多くの問題を生む。

中央アジア各国はソヴィエト連邦時代の枠組みを引き継ぎ、元共産党書記の国家元首が家父長的民族主義の独裁政治を敷く事が多い。ソヴィエト連邦時代の延長である旧共産党支配がどこかで崩壊する事が人々の不安の根源となる?

イスラムは政治への不満の受け皿となるがソヴィエト連邦時代の無神論的影響により社会の拠り所とはなり難い?トルコについても、中央アジアでの共通言語はロシア語でありトルキスタン統一構想は幻想である。

長い時間をかけて中央アジア独自の求心力が生まれるのかもしれない。

第四章 どこへ向かうロシア
クリミア半島をめぐるロシアとウクライナの対立について。

著者は、ウクライナでの取材からウクライナでの人々の意識が場所毎に異なり、国民意識形成が困難という感想を持つ。欧州とロシアへの分裂。

ポーランド南部から出た原始的スラブ言語民族は、ロシア、ベラルーシ、ウクライナの三つの民族に分かれた。ロシア民族は森林地帯から拡大し、北方森林の狩猟民族や草原のチュルク語系遊牧民族と混血し、大ロシア民族となる。歴代のロシア指導者も純粋なロシア人は少なく、大ロシアの境界線は判然としない。

プリドニエストル共和国:
ウクライナとモルドヴァも挟まれて存在するモルドヴァ東部のドニエストル川東岸地区。長さ約400㎞、幅10数㎞の細長い土地に約70万人が居住する。
ソヴィエト連邦崩壊時に、モルドヴァとの併合を主張する運動がモルドヴァで過半数を占めるルーマニア系住民から発生し、ドニエストル川東岸地域の非ルーマニア系住民が反発し、分離独立する事となる。

ドニエストル川東岸のティラスポリには、ソヴィエト軍の第14軍司令部が存在し、プリドニエストルを支援した。

ドニエストル川東岸地域は、1917年のロシア革命にてルーマニアに併合された西岸地域とは異なり、1940年の独ソ不可侵条約にてモルドヴァがソヴィエト連邦となった後もロシアとの同化程度に相違がある。

そして、モルドヴァ西部のルーマニア民族主義は急速に弱まっており、それはウズベキスタンにおけるトルコへの態度と似ている?ロシアの経済・技術水準は高く、それより低い国との統合は魅力が薄いとする?

第五章 ソ連はなぜ崩壊したのか
広大な領土と多数の民族の利害を抱えるロシアでは、混乱を途中で収める事が困難。それにより無政府状況への恐怖があり、治安重視の絶対権力を容認する体質があるとする。

以下が、ソヴィエト連邦の特質?

①領土崇拝
土地が富と力の源泉
②包囲恐怖症
絶えず外敵に囲まれている
③救世主思想
スラヴ民族とロシア正教が世界を救う

起伏が少ないユーラシアの草原地帯での恐怖感を克服するには、出来る限り領土を拡大する必要があり、領土が拡大するほど帝国化する。広大な土地を支配するには軍事力が必要であり、利用可能な支配を軍事力に動員する。

そして、領土拡張が限界に到達すると帝国維持の費用や支配体制の官僚主義等により帝国は内部崩壊する。

著者は、第一次世界大戦後にロシアにて民族毎の国民国家形成が発生しなかった原因を、ユーラシア大陸を民族毎に分ける困難にあったとする。

ソヴィエト連邦の中央集権指令型経済は、帝国支配構造と酷似しており、ユーラシアの地理的条件が政治システムを規定するのかもしれない。統制経済の方が国防には都合良く、分裂を防ぐには中央集権が適している。

実際に中央集権指令型経済からソヴィエト連邦が脱皮した事が体制崩壊の原因となっている。そしてその変化は歴史的必然でもある。

第六章 石油・天然ガスをめぐる地政学
カスピ海の資源をめぐる問題。

ソヴィエト連邦時代、カスピ海周辺の石油・天然ガス資源は全てモスクワを中心としたパイプライン網に組み込まれ、欧州や各共和国に流れる仕組みにあった。

ソヴィエト連邦崩壊後は、ロシアを避けてアフガニスタンやトルコを経由するパイプラインが志向される事となる。

しかし、カスピ海底資源領有問題によるトルクメニスタンとアゼルバイジャンの対立やアフガニスタンの治安情勢悪化により、カスピ海のエネルギー資源搬出問題はロシア優位の状態となっている。

おわりに 日本とユーラシア
ソヴィエト連邦崩壊過程やその後の状況について、地理的条件が強く働くとする。

ユーラシアの変動は中央アジアから東北アジアへも伝わり、閉鎖されていた国境が解放された影響は日本にも発生する。

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