豚肉を食べる

スーパーマーケットの安売りで豚肉を特売していた。1kgの豚肉が1000円程度。多分、安いと思う。

林檎も購入したので、明日は豚肉ステーキと林檎ソースを食べるのかな。

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インターネット上の掲示板からのコピペ。

古典文学の90%は、現代人が読んでも退屈。批判が怖くて、古い権威がある文章が必要以上に持ち上げられる。名作と言われる作品を順位付けしようにも、評価されている作品を1000個×5回くらい読み込まないといけない。必然的に、自分が偶々読んだ本を上げるだけになり、異論が噴出する。

西洋文学は、キリスト教理解が基盤になっており、ロシア文学もキリスト教が根底にあるために欧州各国で通用する。ノーベル賞を受章したフランス文学『狭き門』は、キリスト教理解が無ければ、行動原理が意味不明になる。

日本では文章表現(源氏物語等)が重視される傾向があり?、内容を重視する西洋文学とは異なる?

西洋では、人々の心の底に眠っていた感情を呼び起こす事が重視され、文章表現はその道具なだけとする?

西洋的哲学では、実生活には役立たない哲学(神学含む?)が重視される?何世紀過ぎようと事実として受け継がれていくような普遍的なものを見いだそうとする?

日本では抽象的な思考ではなく、自然や美の鑑賞によってこの世の摂理を知る伝統がある?

ゴッホ:
「日本の芸術を研究すると、明らかに知恵者であり哲学者である1人の人間に出会う。今。その人はどんな風に生きているのだろうか?地球と月との距離を研究しているのか、ビスマルクの政策を研究しているのか。いいやそうじゃない。その人はただ草の芽の事を調べているのだ。しかしその一本の草の芽から、あらゆる植物を描く道が開かれる。四季の変化も山野の風景も、動物を、人間を描く道が開かれる。まるで自らが花であるかのように、自然の中に生きている素朴な日本人が僕らに教えるものこそ真の宗教ではないだろうか?僕達は決まり切った世間の仕事や教育を捨てて自然に還らなければいけない」

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西洋における哲学は「基本的行動様式学」であり、ユダヤ教やキリスト教が、判断基準の基として成り立っている。それを基にした「哲学」を使用して、日本を計ろうとしても、その「哲学」を作った方法は真似出来るかもしれないが意味が無い事である。

近代西洋哲学は政治と関連しており、哲学者の著述には為政者を批判する目的が含まれている。だから当時の歴史的背景が分からなければ哲学者の記述が理解出来ない。欧米の政治は優れた哲学者の哲学的な考察によって形成された側面がある。日本人は自らの行為の正統性の問題で悩むが、欧米の哲学者は正統性とは何か?という問題も哲学し、地位も無いのに為政者を批判した。政治的変革の原動力としての哲学。

人間は神の国から追放された原罪を負っており、『完璧なオリジナル』から劣化コピーされた存在。人類に知恵があるのは、オリジナルに回帰するためであり、その方法として哲学や文学が存在する?

⇒キリスト教的人間観?

『歴史に実体は無い。無価値だ。価値を置くのは「私」だ。その「私」に価値は無い、無価値だ。百年、二百年、実体は無い。何もかもが空だ』

キリスト教は世界の根本原理を描いており、西洋には根本原理を考える習慣があるように思える。逆に多くの日本人が哲学を軽視しそうな気がするのは、思考は苦であると捉える仏教や、正解は上から降ってくるとされる(?)儒教の影響があるという偏見があるため?

⇒文章とは言葉であり、確かな根拠を持たない。確かな根拠の無い空虚な言葉によって概念は形成される

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