デス・ゲーム系の物語について

インターネット上の記事からのコピペ。

以下は、Wikipediaの「デス・ゲーム」の記事へのリンク。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0

異世界転生物語等、主人公が非日常な世界にてデス・ゲームをやらされる物語について。

原型は、「不思議の国のアリス」?

ディストピア文学という古典的ジャンルからの流れがあり、そこからマスコミ批判とか、階級や人種の対立要素を入れた社会派系が北米に生まれる。

バトルランナーとかデスレース等のデスゲーム系映画は主催者=権力者、目的=娯楽、主人公=底辺 or 反逆者と対立構造が明確で、一種の社会派作品としての顔があった。

昔から一定数供給されていたが、設定が自由過ぎる事が理由で根本的に物書きに好まれず、A級作品には多くなかった。

しかし、1980年代頃の欧米のB、C級映画には多く、ルトガーハウアーとかクリストファーランバートが出演する映画のパターンは、タフガイ達がマッチョにゲームシステムを打ち破る。そこへ、キューブがリアルな人間心理描写や、看守実験の要素、知性を武器にクリアする展開で新風を吹き込む。さらにソウが現れてソリッドシチュエーションとか持て囃され、日本にフォロワーが大量発生して今に至るイメージ 。

日本の「バトルロワイアル」にも社会派の影響が見られる。最近は、社会性を排除し、ゲーム的設定のみ使う事が多い。作者側が現実でなくゲームを再現しようとしている。

非日常への漠然とした憧れがあり、自分から行動を起こさず極めて受動的に巻き込まれる。自分の得意な分野 = ゲームの世界等の出来事に巻き込まれるパターン。

自由な土台に以下の3点を簡単に構成出来るプロットであるため、 『設定ぶっ込んだ者勝ち・書いた者勝ち』な、お手軽分野として食い荒らされているイメージ。

①表層
各キャラクターの思惑、過去、性格の表出
②ゲーム的小目的
目下の危機からの生存
③大目的
システムの解明と脱出

かつての遭難物語との相違は、絶対者がルールを強制し、チームに分かれて殺し合いをするパターンが散見される事。大切なのはゲームであり、非日常に飛ばされた原因は解明されない事もある。

登場人物達は、真の敵であるはずの首謀者と戦わず、ゲームに付き合う。

⇒制作者の都合?登場人物を強制的に動かすため、動機や矛盾を無視する。非日常の物語は、心理的要素を無視し易いため物語を作り易い。読者と同じ観点で話が進められる。

過酷な状況を設定し、その中で人はどう思考し行動するか、というシミュレーション要素はSFにも通じるが、大抵の場合、主人公達は物語の奴隷になって意思が感じられない。人が死んでいるのに、ゲームを楽しむ。冷静過ぎて不自然。性格が変わり、何の躊躇も無く人殺しを肯定するようになる。

一般受けするには、読者が登場人物に自己投影し、以下のような願望を成就させるようにする。

・俺みたいな凡人に秘められた才能が!
・力も根性も無いが冷静な自分みたいな奴が生き残る
・いじめっ子や気に入らない奴が悲惨な目に遭う
・現実のポジションは役に立たない!

*****************

何故、神は人間を創ったのか?

自らを崇め奉らせるために

何故、人は物語を創るのか?

自らを肯定するために

******************

子供の教育の一環として、上記のようなゲーム的物語を創作させる試みがあるかもしれない。

動画制作、漫画、小説、etc。

インターネット上で公開して自分の影響力を見つける事が出来れば、自らの存在意義を実感出来るらしい。

現実世界は創作世界以上のデス・ゲームなので、小学生や中学生の御子様に推奨出来るかもしれない。

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