供儀の有効性

インターネット上の文章を読んで思い出してしまった事。今まで読んだ中で最も気分が悪くなった漫画「聲の形」について。

以下は、「成人式の日、私をイジメていた男が「子供の頃から大好きでした!つき合って下さい!」と告白してきた」へのリンク

http://oniyomech.livedoor.biz/archives/47301563.html

以下は、「聲の形を読んで」の記事へのリンク。

ttp://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1899.html

以下は、「正義が複数ある事について」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1901.html

「聲の形」の後味が悪いのは、弱い者いじめが有効に機能する事を証明してしまったからだと思う。

物語の基本的構造は、「罪の付け替え」にある。誰かを責める事によって、自分の罪を他者に転嫁出来る。

インターネット上の掲示板にて、「聲の形」の作品世界内における暴行が肯定されるのは、登場人物達が傍観者に徹するからである。

「植野の意見が間違っているのなら、石田が反論するはず。反論しないという事は、植野の意見は正論だ」

作者が物語を制御出来なくなったのは、「嫌いな人間同士仲良くする」という理屈が、弱い者いじめをする時にしか使えない理屈である事に気付いてしまったからだと思っている。

喧嘩を仲裁する時や、自分より強い人間に「嫌いな人間同士仲良くする」と提唱しても、それは弱者が一方的に虐待されるだけで現状は維持される。

登場人物達が、共通の敵を探して、必死になって強者に立ち向かわなくてすむ言い訳にする。自殺未遂者に暴行する事で、「自分は言いたい事を言っている!」という「大儀名分」を得て、それによって自尊心を満たす。だから定期的に仮想敵を作り出して、集団の前で屈服させる。敵を作るのを止めると、自尊心を満たせなくなる。

作品世界内における口喧嘩の基本は、自分が言われて困る事、後ろめたい事を、先んじて相手に擦り付ける事で、相手を防戦一方に追いやる事。それが嘘でも本当でも関係ない。登場人物達が傍観者になって承認する事で読者は納得してしまう。

自分の罪を弱者に投影して叩く。常に敵を叩いていないと気が済まない人間の典型例。鏡を見ながら罵倒っている。「自分がこうだから相手もこうに違いない」 というのが基本論理。

**********************

「聲の形」の作者は、理想世界を構築しようとして失敗してしまったのだと感じる。

登場人物である西宮硝子は、「ヘレンesp」の主人公を模写したのだと思う。障害者でありながら、真っ直ぐな気性の持主。



作品世界において、進学校の生徒であるはずの主人公が卒業後に就職したり、優等生であるはずの同級生が恋愛体質のお調子者にしか見えないのは、作者が何かを模写しなければ、物語を作れなかったからだと思う。

言い難い事をはっきりと言う人物を描こうとすると、弱い者いじめをさせてしまう。

自らの空想世界の中ですら、強者に立ち向かえず、弱者に転嫁するしかなかった?そうした物語に多くの人間が感動しているように思える事が気分が悪くなる理由であると思っている。

**********************

以下は、「聲の形」と似ている部分があると思う作品。

①偽王

贖罪と生贄の物語。



上記の短編集に収録されている。定期的に生贄を捧げ、虐待が行われる国の話。「聲の形」に准えると、王であった主人公は祭りによって全ての罪を背負わされ、去勢され、追放される。しかし、住人達の軋轢は沈静化しただけで失われていないので、定期的に弱者を痛め付け、攻撃衝動を和らげなくてはならない。

「お前は私を助けるべきじゃなかった。私達のどちらかが死なない限り、私の苦しい恋は終わらない。そうだ……。きっと……。私はお前を殺すために来たのだ。私の贖罪をお前に返し、お前に負わせ、お前を聖なる偽王と為すために」

⇒誰かを虐待しなければ、精神的外傷は癒されない?

②×(ペケ)

作者の感性が似ていると思う。



『通販生活』の読者投稿欄からネタをパクる事で有名な作品。斜に構えた四コマギャグ漫画。物語世界内においては、学歴や出身地等による階級が存在しており、大学進学する者や弱者への嫉妬心が感じられる。

③中卒労働者から始める高校生活

似たような人間関係の形式。



性的に虐待される少女「逢澤莉央」が出てくる。虐待者の行動パターンや言い分は、「聲の形」に登場する植野直子と同一。「聲の形」に登場する西宮硝子の内面描写が納得出来ない場合、この漫画で代替出来るかもしれない。

④笑えない理由

加害者と被害者が付き合う話。



人間関係の構造が何だか似ていると思うけど、こちらの方が無理がないように感じられる。望月先生の漫画の面白さは、10代でなければ感じられないと思うので、読み返すと悲しくなってしまう。

⑤ぼくの地球を守って

作者が早期に方向転換した物語。



シ=オン(斜に構えている)、ギョク=ラン(正論に拘る)、シウ=カイドウ(引っ込み思案)という三者の相関関係は、「聲の形」の作者が表現したかった世界なのだと思う。

「地球が人類を愛している」だとか、「肉や野菜が食べられる前に感謝している」だとかの独特の哲学が印象的。

作品世界内の女神?の概念が上手く理解出来ないでいる。

人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ABCDEFG

Author:ABCDEFG
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード