考える事

「考える事」について考えている。

原因や結果を考える場合、要素が最低でも2つは必要であると思う。

単一の要素を観測する事は「認識」であり、そこから原因や過程、結果を考えるためには外部要素を導入する必要がある。

以下の2つの姿勢。

○実在論
現実が存在すると考える。確実に存在する実体を自己が認識する。

○認識論
認識される事によって現実が誕生すると考える。知覚された事象は仮定に過ぎない。

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現実の具体的事象に落とし込むと難しくなる。

古代から哲学者達は、「死後の世界」であるとか、「卵が先か、鶏が先か」とかの議論については、経験不可能な事であり、議論や理性的思索によっては結論が出ないとしてきた?

現代においては、政治や経済、文化について経験不可能な事柄について思索し、結論を出さなくてはならない。さらに、これまでは認識されなかった事柄を認識出来るように技術が変化している。

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日経ビジネスONLINEのコラム『倉都康行の世界金融時評』の「2016年度「ドル円100円割れ」の可能性」から適当に抜き出し。

2016年3月に、米国の利上げは見送られ、年内利上げ回数予想の中央値も4回から2回へと修正された。「予想以上のハト派的内容でサプライズ」とされ、一時ドル円が110円台まで低下した。

だが、イエレンFRB議長は利上げ方針を堅持する姿勢を変えていない。FOMC議事要旨にも「足許の物価上昇率には上昇の兆候が見える」と記されていた

それなのにドル安が発生した原因は、FOMCが2012年に導入した「ドット・プロット」と呼ばれるメンバーの政策金利見通しが影響している?

「ドット・プロット」の予想金利水準の分布図に拠れば、2015年12月時点では2016年末の見通し中央値が1.375%で年間4回の利上げが示唆されていたが、2016年3月には0.875%に下がった事で「利上げ回数が2回に下方修正された」と解釈された?

だが「ドット・プロット」はFRBのコミットでもなく正確な予想でもない。FRBは「政策金利動向はデータ次第」と主張しており、「ドット・プロット」を通じて金利水準の経路を予想しようとしていない。

「ドット・プロット」は、FOMCメンバーが抱くメーンシナリオが実現した場合に正当化される金利水準の分布であり、当局内でどれだけ意見の相違があるのかを映し出しているに過ぎない。

今後の米国における金融政策を予測するために、インフレ率と労働生産性 = 実体経済のデータを観察対象としてみる。

コアPCEデフレーター:
2016年1月に、前年同月比1.7%上昇して約3年ぶりの高水準になり、2016年2月は、前月比0.3%上昇、前年同月比では2.3%の上昇となっている。

インフレ期待:
10年物の「ブレーク・イーブン・レート」で見るインフレ率期待値は2月中旬の1.2%台から現在では1.6%台へと急反発している。ニューヨーク連銀の調査による消費者の1年先のインフレ期待値も上昇に転じている。

⇒短期金利市場や債券市場では、物価上昇は一時的現象と見なされており、FRBの利上げ見通しにさほど反応していない

問題の根幹は、労働生産性の上昇鈍化 → 賃金低下である。2015年の米国における賃金上昇率は2.2%であり、2%程度のインフレ率を考えれば、実質賃金は僅かしか上昇していない。さらに、Economic Policy Instituteの統計に拠れば「2007-2014年の間で豊かになったのは上位10%の労働者に限定されていた」という。

労働生産性の伸びが頭打ちになっているのは世界的な傾向。1960-70代の高度成長時代には8%を超えていた日本の数値は今では1%に満たない。米国でも、2015年第4四半期には伸び率が2.2%へ低下し、2016年を通じても0.6%の上昇率に留まっている。

FRBとIMFの研究者(David Byrne氏、John Fernald氏、及びMarshall Reinsdorf氏)が発表した研究論文では、無形資産、ソフトウエア、コンピューター、特殊機械、コミュニケーション・ツール等、従来のGDP把握から漏れていた要素を組み込んで時間当たりの生産の伸び率を計算しても、従来の計測結果と大きな違いは無かったとしている。

労働生産性低下の原因は競争意欲減退にある?米国では昨今の規制強化において金融、ヘルスケア、保険、通信、化学、建設など様々な分野で競争が阻害されており、それが生産性低下の一因になっている。

低生産性と低賃金の相関があり、低賃金構造が固定化されることで生産性の低下が長期化する傾向が出ているかもしれない。

仮にイエレン議長が利上げ路線白紙化へ転向すれば、2016年夏から秋に向けてドル円が100円割れに直面する可能性がある。

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上記の文章は、形而上学的 = 経験出来ない事象について記述された文章であると思う。

社会や経済の中で生きている以上、知覚出来ない事について考えなくてはならない。

そのために自らが間違っている前提で戦略を立てる。

現状の僕に難しい事で、正しい選択をしようとしてしまう。

自分が賢いと思い込んでしまう事は悪い事で、誤っている事を自覚出来ない。

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