俺の妹がこんなに可愛いわけがない

読んだ本の感想。

伏見つかさ著。2008年8月0日 初版印刷。



全12巻だけれど、5巻あたりから別作品になってしまう物語。前半はオタク世界探訪記、後半は近親相姦的色彩。

以下のように、本シリーズが以降の作品に与えた影響は大きいと思う。

・「○○が◆◆で△△」のような文章的タイトル
・幼児のように役割演技をする中二病キャラクター
・顔文字を使用した表現

1巻から5巻までは、作者によるオタク文化紹介のようになっていると思う。1巻ではオタク・サークル、2巻ではコミックマーケット、3巻では携帯小説、5巻ではホモ創作やゲーム。

随所に作者以外の気配が感じられる事が特徴で、作品内に登場する編集者やオタク文化愛好家、ゲーム・デザイナー等の発言は実在するクリエイターの言動を貼り付けているように思える(作者は塾講師の経験があるのかな?)。

大勢の人間が協力して作り上げた物語。

6巻以降からは、良くも悪くも作品世界の純度が上がっていて、作者の内面世界がより強く投影されているように感じられる。例えば、主人公の妹の友人である新垣あやせの変化。主人公は、シリーズの前半部分では新垣あやせを怖がっているけれど、後半部分ではアイドル的憧憬の対象にしている。

これは、登場人物の造形に使用する記憶材料が枯渇し、人物を造形する時により強く作者の内面が投影された結果であると推測する。

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物語の閉じ方に戦いを用いている事が特徴であると思う。

1巻、2巻、12巻では、一般社会とオタク世界(内面世界)の対立が表現される。

一般社会を代表する人物と殴り合う事で、複雑な対立を分かり易く単純化する。

1巻と2巻での戦いによって主人公達が一般社会に受容されるのは、主人公がオタクではないからだと思う。隠れオタクである妹のオタク趣味が露見しそうになったところで、妹を守るために、それが自分の趣味であると自白する。それは自己犠牲であり、絶対善である。絶対悪であるはずのオタク趣味が絶対善と結び付く事で、一般社会を代表する批判者達がオタク趣味を完全には否定出来なくなってしまう。

しかし、12巻では主人公は本当に近親相姦趣味を持ってしまっているので、単に私欲を叫んでいるだけになってしまい、一般社会とは隔絶した存在となる。

作者は、そうまでしても物語を閉じなければならなかったのだと思う。

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シリーズ全体を通して読むと、最初は推理小説と思っていた物語が、実はホラー小説であったかのような印象を受ける。

前半部分でのテーマは、オタク活動を通じた社会参加であると思っている。孤独な世界に閉じ籠る手段であるはずのオタク趣味を通じて友人を作り、社会参加する。

後半部分では、主人公が妹と近親相姦的恋愛関係に陥っていて、最終的には一般社会を拒否して、内面世界に閉じ籠る事を選択してしまう。

この変化は、物語構築に必要な記憶材料が枯渇した事以外に、作者が現実世界で大きな力を持つようになった事が影響しているように思える。

シリーズが売れた事で、編集者との言い合いで自らの主張を通す事が出来るようになる。大金を稼げば将来不安が無くなる。固定ファンが付いた事で、自分の支持者を感じる事が出来る。

作者の想像を超えて作品が売れた事が、シリーズの変化の原因であるように思える。

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以下は、「やる夫遊歩道」の『ニート地球を守る 目次』の記事へのリンク。

http://yoruoyuuhodou.blog110.fc2.com/blog-entry-1586.html

『第6話「美琴のお上り」その1』に、中二病患者についての解説がある。

以下のような解説?

中二病患者には以下の2種類があるとする。

①自分型
自分に何か特別な力があると思い込む

②分身型
自分の脳内で作り出した架空のキャラクターを物語の世界に登場させ、自分が到底行えないような偉業を行わせる

分身型の人間は孤独であるが、自らの作り出したキャラクターが矮小な創造主を慰める。しかし、創造主は成長し、現実というキャラクターが踏み込めない世界で身を持ち崩し、想像されたキャラクターの存在を忘れて現実を歩むようになる。

分身型の中二病患者は、社会にその特異性を露見させる事も無く、症状を促進させ、減退させる。社交的ではない分身型の中二病患者は、その病気の存在を誰にも悟られる事も無く、自分の力で静かに幕を閉じる。

そのため、分身型の中二病患者は、自分型の中二病患者に比べ、黒歴史に身を悶える事は少ない筈だが、稀に強力な力を持った事で身を持ち崩し、自分型の中二病患者よりも更に強力な黒歴史を生産する者が現れる。

その人物は今まで自分に無かった自信を取り戻すかのように大いに暴れ、大いに周りに黒歴史を撒き散らす。それは今まで誰にも迷惑をかけず、ひっそりと生きてきた分身型の患者の叫びなのかもしれない。           

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「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」に登場するキャラクター「黒猫」は10代でありながら幼児のように役割演技をする。それは、幼児の時に感じていた全能性を保持していたいという欲求の現れ?

役割演技をするキャラクターを客観的に俯瞰していた主人公が、徐々に役割演技をするようになる。

シリーズ終盤になって、主人公が幼児的全能感から脱却した経験が記述される。これは作者自身の体験ではないだろうか?

「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」に続く、作者の作品名は、「エロマンガ先生」という。

一般受けを意識しない作品名であり、作者は自分の書きたい物語を書きたいように作る強い地位を築いてしまったのだと思う。

もう、初期のような作品は作り出せないのかな?

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