複雑な問題を論理的に誤る

「なぜ日本経済が21世紀をリードするのか」(徳川家広著)、「大格差」(タイラー・コーエン著)を読んだ。

以下の共通する論理が感じられた。

◎技術革新についての見解
労働の廉価な代替物である機械が普及すると、労働者には自らの賃金よりも低い費用で仕事をする競争相手が生まれた事になる。経営者は利潤を求めるものなので、労働者の賃金は安く仕事をする機械との競争によって低下する。

産業革命によって労働者の数が減って、賃金が下がり、経営者の利潤は増大する。

⇒現実には、そのようになっていない。

以下は、「なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1465.html

以下は、「電力の歴史的影響、情報処理産業への類推」の記事へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-2007.html

⇒「なぜ豊かな国と貧しい国が生まれたのか」には、産業革命時の英国における高い人件費が機械の導入の原因であり、機械の導入によって所得が向上したという情報が記述されている。

⇒「クラウド化する世界~ビジネスモデル構築の大転換」には、製造業に必要とされる技能が低下した事で、賃金が上昇したという情報が記述されている。

*******************

徳川家広先生やタイラー・コーエンの意見は、論理的に考えた結果だと思う。対して、ロバート・C・アレンやニコラス・G・カーの意見は調査結果に基づいている。現実を記述したのは、後者であると思う。

論理的に考えた結果が誤るのは、論理がフィードバックを前提にしないからだと思う。

現実には、以下の事象が発生したのではないか?

・機械の導入によって安価な製品が作られる
  ↓
・購買層が拡大する
  ↓
・需要拡大によってより多くの労働力が必要とされる

⇒無自覚的に需要が固定的であるとしているため、労働者が必要とされなくなる結論が導き出されている?

経済的格差が拡大しているとするなら、生産性向上以外の原因が存在するのだと思う。

論理的に考えると、前提条件を固定してしまうのかもしれない。それ故に、現実と照らし合わせて意見を修正する事が出来ない。

*******************

多分、タイラー・コーエンは、「大停滞」(技術進歩が停滞している可能性について)、「大格差」(機械知能による人間代替の可能性について)に続く三冊目の本を書く事になると思う。

タイラー・コーエンの本の中では、社会が複雑化した結果、陰(女性的)な要素が高く評価される事になったとする記述が見られる。

一般的に、女性は男性よりも真面目で指示通りに動き、緻密に仕事をする。複雑化した社会では女性的要素が高く評価されるとしてみる。

陽(男性的)な要素は秩序を乱す存在である。他人に指図される事を嫌い、反抗的で全て自分の方法でやりたい人物は孤立化するとしている。

易経においては、陰極まれば、必ず陽と争う事になるとしている。陰が極めて強いと陽の観を呈するが、陰である限り陽を圧倒する事は出来ない。両竜ともに傷つく事になるとする。

実際、タイラー・コーエンは自説の矛盾を自分で指摘しているように思える。

あらゆる現象が複雑化した結果、物事は断片的にしか理解出来なくなり、説明されても直感的に理解出来なくなる。

学問においては情報収集と情報処理が重視されるようになり、理論モデルに頼る方法論が退潮していくとする。

収拾される情報が過大になると、構築される因果関係が複雑化し、人間には理解不可能になる。全ての構成要素を把握し、どのように結論が導き出されるかを理解出来る時代は終わる。

専門家とは、理論を打ち立てる人間ではなく、機械が出力した結果を解釈したり、機械が読み取れるように情報変換する人間となる。

この見解は、そのまま自らの論理への反証となるため、新しい説を構築するしかないのではないか?

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