18世紀中国における人口増加への対応

読んだ本から。

18世紀からの急激な人口成長は世界的現象である。

清朝時代の中国における人口増加は、米国大陸起源の玉蜀黍、じゃが芋、薩摩芋等が盛んに栽培される事によって発生し、清朝中期には人口過剰現象を引き起こす。

中国最初の人口統計は、『漢書 地理誌』にある紀元2年の5959万4978人である。この後、戦乱や飢饉によって人口は減少し、明代になって6000万人程度の水準となる。清朝の統治下では人口が急増し、18世紀初頭には1億人を超え、1726年には2億人、1790年には3億人、1834年には4億人になる。

その後は4億人台で人口は停滞するが、1949年の中華人民共和国成立後に人口が急増し、1980年には10億人に達している。

清朝時代の4億人は、当時の社会システムが支える限度を超えており、部族連合としての清朝から国民国家としての中華への変遷が発生する。

清朝は、満州人とモンゴル人が連合して漢人を統治し、チベット人、イスラム教徒を保護するのが基本構造であったが、満州人と漢人の連合国家へと変化していく。

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大清帝国は、1636年に初代皇帝のホンタイジが即位した時に始まり、1912年に第十一代皇帝の溥儀が退位した時に終わった。ホンタイジが即位したのは、遼寧省の瀋陽で、満州人、モンゴル人、漢人の三種族による会議によって皇帝に選ばれた。

その後、清朝の公用語は満・蒙・漢の三カ国語であり、公式の記録や年号も三種類あった。

こうした多元モデルはモンゴル帝国を模範としたものであり?大清帝国はモンゴル帝国を継承した事になる。清朝皇帝は、漢人にとっては伝統的な皇帝であり、満州人にとっては部族長会議の議長であり、モンゴル人にとっては大ハーンであり、チベット人にとっては仏教の最高施主であり、イスラム教徒にとっては保護者だった。

清朝時代の中国は、明の旧領のみで、満州は将軍の治める特別行政区域であり、モンゴル高原、青海省・四川省西部を含めたチベット、新疆は「藩部」と呼ばれ、種族自治を原則としていた。

漢人に対しては、明の「大明律」を継承した「大清律例」を適用し、満州人には「八旗則例」、モンゴル人には「蒙古例」、チベット人には「西蔵事例」、イスラム教徒には「回疆則例」が適用された。後に、「蒙古例」と「西蔵事例」は合一して「理藩院則例」となる。

清朝を建国した女真族は、かつてはモンゴル人の家来筋だったため、モンゴル人貴族は満州人貴族と同等の爵位と年棒が与えられ、皇族とモンゴル人貴族との間には頻繁な婚姻関係が結ばれた。

遊牧民であるモンゴル人と漢人農民の利害が対立するため、清朝建国当初からモンゴルやチベットへの漢人農民の移住禁止や商人の一年以上の滞在不許可等の政策が採用されていた。

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こうして各種族を分割統治する政策は、人口過剰現象によって変更を余儀なくされる。直接的な契機は、1851年~1865年の太平天国の乱である。エホバの次男を称する洪秀全によって新興宗教が立ち上げられ、当初1万人~1万5000人だった太平軍は、1851年には50万人、1853年に南京を占領した時には200万人以上になっている。

清の伝統的な八旗軍は、不慣れな南方で力を発揮出来ず、南方の有力者である郷紳達に軍隊の組織を命じ、これが軍閥の起源となる。1864年に洪秀全は自殺するが、残党が白蓮教系の武装集団に合流し、また、1862年には中央アジアでイスラム教徒の反乱が起こる。

新疆のイスラム教徒が引き起こした反乱はトルコ系民族によるものであり、1870年には独立国化する。清朝からは遠方の新疆を放棄する案も出たが、太平天国の鎮圧にて功績を立てた漢人将軍左宗棠が、「新疆を取り返せなければ、モンゴルを繋ぎ止められず、モンゴルを繋ぎ止められなければ清朝が終わる」と主張し、1875年に私兵を率いて新疆に出兵し、新疆を平定する。

その後、1884年に新疆省を設置し、漢人に行政を担当させる事にする。これは種族自治の原則を破り、藩部を中国化するものであり、新疆省は、中華人民共和国の新疆ウイグル自治区の前身である。

⇒多種族の連合体であった清朝が国民国家に変貌した。

こうして清朝の実権は、満州人から漢人に移行していく。太平天国の乱やイスラム教徒の乱を鎮圧したのは、中国南方の漢人将軍とその私兵であり、伝統的な清朝の八旗軍は、中国南方を想定した軍隊でなかった。

日露戦争の後の1907年に、清は初めて、満州八旗でなく漢族八旗出身の趙爾巽を奉天将軍に任命し、戦後処理に当たらせた。満州における軍政が放棄された。清は、奉天、吉林、黒龍江に中国内地と同じ省を設置し、各省に巡撫と呼ばれる長官を置いた。これが中国東北三省の起源である。

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当時の清朝と同じ現象が、21世紀前半の中東を起点にして発生しており、同様の現象がアフリカ各地でも発生するはず。各武装勢力を駆逐した、最も強いグループが権威となる。

人々の不満を吸い上げる形で宗教が台頭する事は歴史的現象?

社会システムから必要とされなかった人々を吸い上げる形で、体制に立ち向かうのは太平天国やISISに共通する点?で、キリスト教や仏教、イスラム教の本質も不必要な人々の救済であるのかもしれない。

神が存在しない現代において、宗教は力を持つのか?それとも、中東やアフリカにおいて人口が急増しているのは「神」の威光が衰えていないのからかもしれない。

少子高齢化は神の存在しない地においてのみ発生する?

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