接待が終わる

何だか疲れた。相手に僕が乗り気でない事が伝われば良いが無理だろう。これが習慣になると嫌だな。

それと1000万円くらいの損失が出た。これもどうしよう?

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以下、聞いた話。社会一般の見解なのだとか。

優劣は環境によって定まる。生き延びるために有利な性質を具えているかどうかの判断は周囲に存在する人々との比較によって判断される。だから、生育時に自分より小さい人間ばかりを置いておくと、相対的に自分が大きくなり、優れた人間に育つ可能性が高まる。
周囲よりも相対的に優れた人間が、絶対的に優れた人間になる可能性が高まるのだから身近に自らよりも有能な人間を置いてはならない。優秀な教師は、優秀な生徒を育てない。名選手は名監督になれない。人間は、そういう風に出来ている。

優秀という概念は相対性を含み、上位は少ない。一部の有能な人間は希少であり、政府や大企業の中枢に存在する可能性が高い。国会議事堂や東京大学、大手町のビル街等で優れた人間達を見る事が出来る。

⇒世間一般の見解と言うより、一部の人間の考え方だと思う。こうした思想を成り立たせている原型は何か?

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以下も聞いた話。発達障害者に対して社会全体として対処する方法。

障害者を少数派にして数の利点を活かす事。世の中に障害者として認知される人間は圧倒的に少数だ。その前提に立って、発達障害者であるという事は「生物」として優秀だと讃え、その地位を過剰に上げる。

発達障害者は有能であるとする『常識』を作り出して、祭り上げる。そして金と時間を与え、社会の重要な仕事から外す。そうした社会システムを作り上げる。少数派を排除するには、褒め殺すに限る。

発達障害者は「生物」として有能だが、他の多数の人間達は「人間」として有能。こうした価値観を作り出す。発達障害者は素晴らしい才能を持っているとマスメディア等で讃えられるが、現実には多数派の掌の上で踊らされるだけとなる。

そうした状況に立ち向かうのであれば、「障害」の概念を変え、障害者を多数派にするしかない。不必要に祭り上げられる事無く、自らの能力を伸ばす事が出来るようにする。

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