カスタム・チャイルドを読んで

『カスタム・チャイルド―罪と罰―』(壁井ユカコ著)を読んだ。

買わなくて良かった。

にも関わらず感想を書くのは、遺伝子に詳しい知人が読むと、突っ込みを入れそうな内容だと思ったから。

以下は、適当にあらすじ。

平行世界の2011年頃の日本が舞台。平行世界においては、遺伝子工学が発達しており、親が生まれてくる子供の遺伝子を操作する事が一般的になっている。

総領晴八郎還暦記念ジェネティクス・スクール(Sスクール)という高等専門学校への入学を目指す、3人の子供を軸に物語が進む。

総領晴八郎還暦記念ジェネティクス・スクール:
遺伝子工学を専門に教える高等専門学校。中学から入学する者は稀で、高校二年生、高校三年生の春に、一年時に入学し直す生徒の割合が多いほどの難関。

以下は、登場人物。

春田(吉一)倫太郎:
遺伝子操作で生まれた美形で長身の高校一年生。4歳の時に、望み通りの子供でなかった事を理由に返品された事がある。以来、製造先の会社の派遣社員である春野知佳に育てられる。犯罪者の遺伝子を保持しているらしい。

清田寿人:
遺伝子操作を受けていないジーン・ナチュラル。<ア>教という遺伝子操作を忌避する宗教を信望する両親に育てられる。自分がデザイナーズ・チャイルドよりも劣っている事にコンプレックスを感じている。

冬上レイ:
アニメ好きな父親に「綾波レイ」を模して造られた少女。14歳を過ぎて、父親からババアと呼ばれ始めている。

*********************

以下、読んでいて思った事。

<遺伝子操作による改良は可能なのか?>
遺伝子に詳しい知人に、遺伝子改良の可否について尋ねた事がある。

単一の遺伝子を操作する事による改良は困難であるという事だった。

例えば、多くの人間には一つの鼻と口、二つの眼と耳、手足がある。単一の遺伝子によって人間の形質が決定されるのなら、このようにはならない。人間の形質は複数の遺伝子が関わる事によって決定されるはず。鼻や口の数は、単一の遺伝子によっては決定されない。複数の遺伝子の作用の結果として、そのようになってしまっている。

多くの遺伝子が協調し合う事によって、人間は形作られる。だから、遺伝子改良のためには多くの遺伝子を操作するしかなく、長所を作り出すためには、短所を許容しなくてはならない。

望ましくない特性を無くし、望ましい部位のみの集合体を作り出す事は極めて困難。

そのような話だったと思う。

<反骨心の限界>
若くて、反骨心を持っているはずの登場人物が、結局は枠組みの中でしか行動出来ない。

清田寿人は、母親が遺伝性疾患で無くなった事が切っ掛けで遺伝子工学に興味を持つ。学ぶための手段はSスクールへの入学である。一方で、遺伝性疾患を保持しているが、自然科学の天才であるネジという人物が登場する。

物語の世界では、遺伝子操作を受けていないの多くは人間は、企業側に撥ねられ、労災の効かない危険で低賃金な仕事に就いているらしい。しかして清田寿人の父親は町工場を経営していて、裕福ではないが貧しくもない。

勉強するとなると良い学校に入学しなくてはならない。生活のためには企業に就職しなくてはならない。そのようになってしまっている。

現実のSスクールのカリキュラムは、テストが多く、成績を貼り出す事で競争心を煽り、逐一成績を家庭に報告する等、あまり学ぶ事に適した制度とは思えない。育成よりも優劣をつける事に主眼が置かれている事に疑問を持つ人間はいない。

後半になって、Sスクールへの入学が不可になった場合でも、他の学校で学ぶ選択肢を考えてしまう。

現代日本において、独学や独立起業が非現実的と思われている事を反映しているのだと思う。

<自由意志と罪の問題>
春田倫太郎や冬上レイの実母、実父は醜く描写されている。自らのエゴによって、望ましい存在を作り出そうとし、自らの思い通りにならないといって怒りをぶつけるのは理不尽であるらしい?

客観的に見て同じ事をしているはずの春田知佳は美しく描写されている?

この違いは、自由意志の問題であると考える。

春田知佳は、自分の意志によってデザイナーズ・チャイルドを作り出したのでなく、返品された子供を善意によって育てた設定である。それだから、春田倫太郎は春田知佳に恩義を感じなくてはならないのか?

読んでいてグロテスクだと思ったのは、春田倫太郎が春田知佳を「お母さん」でなく「知佳さん」と呼ぶ所と、終盤で、春田倫太郎が春田知佳に求婚する場面。

自分の意志を前提にすると、自らが責めを負う事になる。それだから、相手の側が自分を好いている事にしなくてはならないのかな?

自分の意志によって他人を操作する行為は非人道的であって正統ではない。だから、誰かの意志によって傷つけられた人間を救っているという体裁をとる必要がある。

春田知佳が正しいためには、彼女に対する悪人が必要であり、何だかそこが矛盾しているように感じられた。

**************

何か問題を引き起こし、皆を巻き込む人間は物語にとって不可欠であるのかもしれない。そして、多くの人間は起点にはなりたくないのだと思う。

問題に巻き込まれ、問題を解決する役割でありたいのだと思う。

自由意志と決定論の対立から考える?

誰からのエゴから問題が生じると考えると、自然に任せる事が最良だという事になる。しかして、既に問題が発生しているのなら、問題の原因であるエゴを別のエゴによって塗り潰さなくてはならない。

かくて、エゴは生じ続ける事になり、誰かが悪者になり続ける。

憎むべき醜い存在は、因果関係の説明のために必要とされる。

そうした世界観をどのように説明すれば良いのだろう。上手く纏まらない文章になってしまった。

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