ボトルネックを読んだ

論理的に考える事と憎悪の関係。

ボトルネック(米澤穂信著)を読んだ。

以下は、Wikipediaの「ボトルネック」の記事へのリンク。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%83%83%E3%82%AF_(%E5%B0%8F%E8%AA%AC)



作者は、以下の2種類の解釈が出来るように物語を作ったのだと思う。

【あらすじ①】
主人公が、自分の存在しないパラレルワールドに迷い込む。本来の世界には存在しないはずの主人公の姉が導き手となる。自らが存在しない世界が幸福である事から、主人公は自らを周囲の人間を不幸にするボトルネックであると見なすようになる。

【あらすじ②】
主人公が、生を羨む怪物に騙され、自らが周囲の人間を不幸にしてきたと思い込まされてしまう。主人公の姉が語る世界は、彼女に都合の良い妄想に過ぎない。

P70に主人公と主人公の姉の瞳が鳶色(茶色)である記述。P192~P193にグリーンアイド・モンスターに関する記述。

<両親の関係について>
主人公の本来いた世界では、主人公の両親の関係は破綻しており、パラレルワールドでは関係が修復された事になっている。主人公の姉の話ではそうなる。本当にそうなのか?

2003年?の夏が分岐点になったとしている。この時、互いの不倫が明らかになり、両親が喧嘩をしている。喧嘩の仲裁方法として、主人公は「落ち着いてよ。お互い様じゃないか」と言い、主人公の姉は花瓶を二人の真ん中に投げ入れて肝を冷やさせた。

喧嘩の仲裁方法の違いによって、その後の両親の関係が変化したとしているが不自然な気がする。

ポイントは、主人公の兄が中学三年になるまで父母の不倫に気付かなかった事。両親は、子供にも自らの不倫を隠そうとしていた。主人公の「落ち着いてよ。お互い様じゃないか」という言葉によって、子供達にも取り繕う必要が無くなり、事実が明らかになっただけである。

そのため、パラレルワールドにおいては、両親が子供達に自分達の不倫を巧妙に隠蔽するようになっただけで、本質は何も変わっていないのではないか。

その件を象徴しているのは、両親の結婚記念の皿だと思う。主人公の世界では皿は踏み砕かれて割れており、パラレルワールドでは台座の爪が折れたために伏せられている。

⇒掃除中に落としたために、爪が割れたというのなら、
 修復しない理由は何だろう?
⇒作者は、2つの可能性を読み取れるようにしている?

<諏訪ノゾミと結城フミカの性格について>
主人公は、自分の恋人であった諏訪ノゾミの性格がパラレルワールドにおいて天真爛漫な性格な性格になった事に衝撃を受けている?
一方で、パラレルワールドにおける結城フミカの他人の不幸を喜ぶ性格については変化していないと思っている?

読んでいて、二人の性格はバランスするようになっているのではないかと思った。多分、作者はそのように解釈出来るように物語を作っている。

諏訪ノゾミの性格が陽に傾くと、親戚である結城フミカの性格が陰に傾くようになっている。それだから、本来の世界では主人公が結城フミカの異常性に気付かない。

本来の世界では、主人公の介在によって結城フミカの異常性が抑制されていた可能性。身近に存在する人間の不幸によって、自らの欲求を満足させられるのなら、不幸な人間の撮影を趣味にする事もない。

そして、結城フミカの異常性に関するエピソードも主人公の姉を全面的に信用出来るか否かによって印象が変わると思う。

⇒作者は、2つの可能性を読み取れるようにしている?

****************

主人公の姉が語る物語は、全て根拠の無い想像に過ぎない。結城フミカのミントタブレットが睡眠薬であるとし、交通事故を誘発するために配られたとしながら、証拠品であるはずの睡眠薬を捨てる。

作者は、結城フミカの悪意が主人公の姉の妄想である可能性を残している。

主人の姉が語る推測には無理があり、彼女の世界観は悪を必要とする。悪を必要とし、周囲の人間に憎悪を振り撒く事でしか社会と関われない?

どちらを異常者とするかで作品の印象、終盤における主人公の選択は変化する。

そのように物語が作られている?

****************

論理的思考が憎悪を呼び覚ます事について考えている。

米澤穂信先生や、西澤保彦先生等の日常の謎を考える作品群は、暗い色彩を帯びる。性格が歪んだ人間を想定する。この思考パターンはどのように成立しているのだろう。

善悪や正義は存在する。それは論理による後ろ盾を得た時に、危険な存在になると思う。

関東連合についての本を何冊か読んだ事がある。テーマの一つは、関東連合のリーダーの特異なカリスマにあると思う。高い知能指数。定期的に集団内の誰かを仲間外れにする事によって求心力を保つ。次に誰が標的になるか分からない。周囲の人間も影響されて他人の悪口を言うようになる。etc。

こうした行動パターンはあらゆる集団において見られる。

北九州・連続監禁殺人事件に関する本を読んだ事がある。一つの家族が一人の人間に洗脳され、相互に殺しあった。自らは手を下さず、他の人間にやらせる。不信感を煽る。罪悪感を利用する。負の方向に突出した技能。etc。

こうした行動パターンはあらゆる集団において見られる。

本を読んでいても、首謀者の発言をどこまで信用出来るか分からない。物語を作り出す才能。語る事がどこまで本当の事か分からない。

自らの中で全てが完結している人間がいる。行動の根拠、評価、指針、etcにおいて、周囲の意見が入らない。完結した個人世界を支えるのは、当人の論理的思考力であり、それが物語を作り出す。高い確率で、周囲の人間に影響力を持っている。それは負の方向にのみ人間を動かす恐ろしい力である。

論理は、主張と根拠によって成立する。根拠が納得感を主張に付加する事が出来れば正しい意見となる。

善悪とは何か?正義とは何か?

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