現実を解釈する困難

以下は、前に書いた「投機で勝負しちゃう人達」へのリンク。

http://nonono7.blog12.fc2.com/blog-entry-1779.html

株式取引やら外貨証拠金取引に関する勝利方法を研究していくと、信じ難い方法論が正解になってしまうという話。

僕には納得出来ない話だが、少なくとも十数年前までの米国株式市場においては、ふぁんだめんたる分析、ちゃあと分析やらをするよりも、バングラディッシュのバターの値動きを参考に取引を行った方が儲かる可能性が高かったらしい。

今はどうなのか知らない。

社会というのは複雑に出来ていて、理論や物語で読み解く事は出来ないかもしれない。仮に上手く機能する理論があったとして、それは次の瞬間には有効に機能しなくなるかもしれない。新たな真実が生まれれば、それまでの真実は駆逐される。歴史や人生はその積み重ねだと思う。

ここで前提条件が一つ生まれると思う。

①人間は間違える
どのような人間であっても必ず間違える。自分が間違える事を最初から計算に入れておくべき。

さらに、二つ目の前提条件がある。

②人間は勝ちたい
社会に帰属している以上、周囲の目から自由になる事は出来ない。僕は想像以上に周囲の人間から影響されており、僕に独自性は無い。認められたい、勝ちたい、評価されたい、etc。そうした感覚が僕を縛る。

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勝敗や優劣の困難。

評論家とチンパンジーが株式取引で勝負した場合、チンパンジーが勝つ事が多い?実際に勝負してみると、そのようになるらしい。それでも自分の資産運用をチンパンジーに任せる人間は少ないのではないか?

誰しも自分の中に信念、哲学、美学、etcを有しており、現実よりも自らの内面を重視すると感じる。

自らが何を真実と思っているのか、自分の正義は何か、自分は何を美しいと思うか?

間違える事は避けられないとして、上記のような自分の構造を感得する事は可能なのか?

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鳥の形をした彫刻を購入した。美術品の購入で随分と持ち金を減らした。相場よりも高値で購入しているだろうし、損をしている。

それでも彫刻は綺麗だと感じる。

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本が好きで知識を得るのが快感だった頃、漠然とした不安は増えた。
「知る」ということは自分の枠組みを変えると同時に、新たな枠組みを作りだすことなのかもしれない。
枠組みをはみ出すことは恐ろしいことだと人は本能的に感じるのだろう。「知る」ことは自分を縛る。

芸術作品はそうした知の枠組みを越え、恍惚を与えてくれる。
変化が避けられない人生だからこそ、永遠を作りだそうとする生に、作品に美しさを感じる。

つぼを 見ていると
しらぬまに
つぼの ぶんまで
いきを している

まどみちお

美を感じるということは、世界と向き合う中で、自分を発見していることなのかもしれない。
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